本日のローズンゲンの御言葉です。

「主よ、あなたが民を喜び迎えられるとき/わたしに御心を留めてください。」詩編106:4

「わたしが憐れみを受けたのは、キリスト・イエスがまずそのわたしに限りない忍耐をお示しになり、わたしがこの方を信じて永遠の命を得ようとしている人々の手本となるためでした。」1テモテ1:16

一昨日、昨日と、福島をまわってきました。一昨日は、いわき市まで行って、私たちが緑が丘の仮設住宅で出会ったSさんを訪問してきました。Sさんは、私たちの訪問を本当に喜んでくださいました。

Sさんとしばらく色々な話をすることができたのですが、Sさんが住んでいる富岡町は、長らく放射能規制区域で町に入ることさえできませんでした。それが、四月から規制解除となり、住むことが許されることになったのです。Sさんは四月以降、近いうちに富岡町に帰ると言っていました。

「六年もかかった。長かった。」

Sさんは、そのようにおっしゃっていました。この間、どんな思いで過ごして来られたのだろうかと思います。ただ、富岡町に帰るということに関して、故郷に帰りたいという思いだけではないようにも思えました。

現在、いわき市では、原発周辺の避難者の方々が皆、避難し、人が増大しています。このため、病院はどこも満杯で、住む場所が無かったり、交通事故なども絶えなかったりするそうです。そのような状況の中、もともといわき市に住んでいる人たちから、避難者の方々に対する風当たりが強く、避難者の方々にとっては、見えないところでの居心地の悪さがあるようでした。そのような意味でも、「できるだけ早く本来の自分の家に帰りたい」という思いがあるのではないかと思いました。

しかし、翌日、別の方から、お話を聞くと、そんなふうに故郷に帰ることもまだまだ簡単なことではないということでした。そもそも、原発事故の問題が解決されたわけでもありませんし、放射線量の問題もやはり心配です。  加えて、規制緩和になったからとは言え、お店や病院などの施設が十分に整ったわけではないということでした。現状としては、いわき市に住んでいる人でさえ、病院が満杯なので、

週に一回、わざわざ一時間以上かけて、郡山の病院に診察に出かけているそうです。そんな状況なので、そこからさらに遠い、富岡に人たちはどうやって、生活するのか…。自宅に帰れたとしても、しばらくは、仮設住宅と自宅を往復しつつ、生活するしかないのではないだろうかということでした。

今回、福島を訪れ、色々な方に直接話を聞きながら、全然私たちが知らされていないような課題や問題があるんだなというこおを思いました。今も全く解決の見えない状況で格闘している方々がおられるのです。お話を聞きながら、複雑な思いにさせられました。

本日の箇所には、次のように記されています。

「主よ、あなたが民を喜び迎えられるとき/わたしに御心を留めてください。」

本日の御言葉を読みながら、「わたしに御心を留めてください」という言葉が心に留まりました。

そして、今回、福島で出会った色々な方々の顔を思い浮かべました。その一人一人を御心に留めてください…。そのように祈らされます。同時に、私たちも福島のこと、東北の被災者の方々のことをこれからも覚えていたいと思いました。

今回、福島を訪問するのにあたり、姪浜教会の被災地支援募金の中から、福岡のもち吉のお煎餅を持っていきました。出会ってきた皆さんに渡したところ、皆さん、喜んでくださいました。

そんな地道な働きから、被災地を祈り続け、覚え続けていくことができたらと思います。       (鈴木牧人)

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