本日のローズンゲンの御言葉です。
わたしの受けた苦痛は/平和のためにほかならない。あなたはわたしの魂に思いを寄せ/滅びの穴に陥らないようにしてくださった。あなたはわたしの罪をすべて/あなたの後ろに投げ捨ててくださった。イザヤ38:17
わたしたちを愛して、永遠の慰めと確かな希望とを恵みによって与えてくださる、わたしたちの父である神が、どうか、あなたがたの心を励まし、また強め、いつも善い働きをし、善い言葉を語る者としてくださるように。2テサロニケ2:16-17
台風6号が明日の昼前にかけて沖縄に接近しつつあるそうです。
明日、私たちの礼拝では「沖縄を覚える礼拝」を献げます。1945年6月23日、沖縄では組織的な地上戦が終結しました。このことを覚え、日本バプテスト女性連合では毎年6月23日を「命どぅ宝の日」としています。この「命どぅ宝の日」について、日本バプテスト女性連合では、次のような活動目的を挙げています。
「沖縄を『国外』と位置づけ、沖縄の苦しみ・悲しみ・痛みに思いが至らなかったことへの悔い改め、沖縄の歴史に学び‘2度と戦争を起こさない誓い’を新たにする。沖縄バプテスト連盟女性会また教会の女性たちとの交わりを深め、共に福音を担う活動を展開する。沖縄地上戦を悼み、非戦を誓う日であることを覚える。」
そんな中、「知る、祈る、共有する」を大切に活動を進めています。
姪浜教会でも、この日本バプテスト女性連合の働きに連帯し、「沖縄を覚える礼拝」を献げるようになりました。
この機会に私たちの教会でも、少しでも沖縄の現状を知り、そのことを自分自身の事柄として考え、覚えながら、祈りをもって共有することができたらと思っています。私の妻の実家は沖縄です。以前、沖縄に行った時、こんなことがありました。ある知り合いの教会員のお宅をお邪魔させていただいた時のことです。ちょうどテレビで宮崎駿監督の『紅の豚』という映画が放送されていました。『紅の豚』は、豚に姿を変えられたパイロットが主人公の映画です。見どころはプロペラ機同士が飛び交いながら、激しく戦いあう戦闘シーンです。
子どもたちは、映画を見ながら、華麗に飛行機を操縦し、機関銃で撃つ主人公を「かっこいいな」と思って見ていました。すると、そんな子どもたちを横目で見ていた知り合いの教会員が、こんなふうに言ったのです。
「あんなふうに飛行機で撃ち合うと、空から薬きょうが落ちてくるんだよね。あれは当たると痛いんだ。」
何気なく語った言葉に、私はドキッとさせられました。
私などにとっては何気ない映画のワンシーンなのですが、実際に戦争を経験した人にとってはこの場面も全く違う情景に映るんだなと思いました。
そのような言葉を始め、沖縄の人と話し合う時、何気ない対話を通し、「自分は全然かつての戦争のこと、沖縄のことが分かっていないな」と思わされることが時々にあります。
そんな経験をさせられる時、自分にはもっともっと知らなければいけないことがあるなと思わされるのです。
本日の箇所には、次のように記されています。
「わたしの受けた苦痛は/平和のためにほかならない。あなたはわたしの魂に思いを寄せ/滅びの穴に陥らないようにしてくださった。あなたはわたしの罪をすべて/あなたの後ろに投げ捨ててくださった。」
この御言葉を読みながら、「わたしの受けた苦痛は/平和のためにほかならない」という言葉が心に迫ってきました。思ったのは、私たちには時に苦痛を経験することで、平和に至ることがあるんだということでした。
そんな中、改めて、明日の沖縄を覚える礼拝のことについて考えさせられました。
私たちが沖縄の歴史を覚え、現在の沖縄の課題を知り、祈り、共有すること…。
それは「平和のためにほかならない」のだと思います。
私たちが再び同じ過ちを繰り返し、「滅びの穴に陥られないように」、私たちは沖縄の現状をもっともっと知る必要があるのではないかと思いますし、沖縄の方々の痛みを私たち自身の課題として祈り、共有することが大切なのではないかと思うのです。
(鈴木牧人)