本日のローズンゲンの御言葉です。

主は寄留の民を守り/みなしごとやもめを励まされる。詩146:9

身分の低い者を高く上げ、

飢えた人を良い物で満たし、/富める者を空腹のまま追い返されます。

その僕イスラエルを受け入れて、/憐れみをお忘れになりません。ルカ1:52-54

昨日、礼拝後に教会学校の奉仕者会が行なわれました。

12月の教会学校では、マタイによる福音書からクリスマスに関する記述について、学ぶ予定です。昨日の奉仕者会では、その聖書の箇所の学び会を行なったのですが、その中でこんな話をしました。

「最近、『クリぼっち』という言葉を耳にすることがあります。クリスマスに一人ぼっちで過ごす人のことを『クリぼっち』というそうです。クリスマスの華やかな雰囲気で彩られた街中のネオンやイルミネーションを横目で見ながら、自分がその華やかさとは全く無縁な日常を過ごしている…。

そのような思いの中、余計、寂しさを感じてしまう時にそのような言葉を使うそうです。そのような話を聞きながら、本当に皮肉だなと思いました。クリスマスというのは、むしろ、そのような人のためのものなんだと思います。孤独や寂しさを感じ、まるで自分が周りの状況から取り残されてしまっているかのように思ってしまう…。そういう人にこそ、クリスマスの喜びは告げ知らされたのです。私たちが、この時期、『本当のクリスマスは教会にあるんですよ』ということを伝えるのであれば、何よりもそのようなメッセージを伝えていきたいと思います。」そのような話がなされました。

本日の箇所には、次のように記されています。

「身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、/富める者を空腹のまま追い返されます。その僕イスラエルを受け入れて、/憐れみをお忘れになりません。」

本日の御言葉は、マリアの賛歌と呼ばれる箇所の一節です。

マリアはクリスマスの知らせを聞かされた時、喜び、讃美しました。

その時、語ったのは、「(主は)身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たす」んだということでした。

社会的に脇においやられた、取り残されてしまっているかのような人たちを神様は決して見捨てられない…。その人たちのことを顧みてくださる…。

そのしるしとして、救い主がわたしのような者から生まれさせてくださったんだ…。

マリアはそのように喜び、讃美したのです。

本日の箇所を読みながら、改めて、クリスマスというのは、まさに今この時に孤独や寂しさを感じながら、自分が周りから取り残されてしまっているように思う、その人に対して、「わたしはあなたを見ているんだよ、あなたと共にいるんだよ」とおっしゃっている喜びの知らせなんだなということを思うのです。

今年もクリスマスも、そんな「本当のクリスマス」を共に分かち合う時になればと思います。(鈴木牧人)

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