日々の御言葉メールより(3月16日分)

本日のローズンゲンの御言葉です。

主は正しくいまし、恵みの業を愛し/御顔を心のまっすぐな人に向けてくださる。詩篇11:7

あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。マタイ5:48

昨日は、福島市にある主のあしあと教会、あゆみの家教会、郡山市にある郡山コスモス通り教会の皆さんと会い、懇談の時をもってきました。

午前中に福島市の教会の皆さんと会い、午後、郡山の教会の皆さんと会いました。

その移動中、時間が少し空いたので、郡山市内にあるK牧師に会いに行きました。

K牧師は、もともと福島市に住んでおられ、震災後に郡山に来られた方です。

現在、福島県連絡協議会という働きの代表をなされ、震災後の様々な取り組みをされています。

いつも本当に誠実に様々な働きをなされる先生で、私が福島で出会った牧師の中で、最も尊敬し、信頼する牧師のお一人です。K先生は、現在の福島県連絡協議会の様々な取り組みや、郡山の状況についてお話ししてくださったのですが、ポロリとこんなことをおっしゃっていました。

「原発事故の後は、皆さん、思いを一つにしながら、様々なことに取り組んでいたんだよね。

だけど、時間が経つにつれて、どんどん状況も変わっていくし、人々の思いも変わっている。

放射能のことに対しても、あれだけ問題意識を持っていたはずなのに、そういう思いが薄れてきてしまっている。」

加えて、こんな話もされていました。

「それでも、問題意識をもって取り組んでいる教会がある。その方々は本当に頑張っているだけど、周りにはそれとは反対の方向に行くような様々な動きや声があって、自分たちの働きがかき消されてしまいそうになる。そんな中、だんだん疲れてもきているんだよね。」そんなことを話しておられました。

以前、郡山にいた者として、気持ちが痛いほど分かりました。

またあれから6年が経ち、積み重ねられた思いは尚更なんだろうと思いました。

K先生とお話をした後、教会を出ようとしたところ、教会の看板の文字が目に留まりました。

そこには「神は愛です」と書かれていました。その文字を見ながら、K先生の言葉がさらに胸に迫ってきました。K先生のお人柄や具体的になさっている様々な働きを思う時、K先生がこの看板に書かれた「神は愛です」という信仰に誠実に生きようとされているんだなと思います。

でも同時に、そんなK先生が「疲れているんだ」と言われている…。その言葉がK先生の切実な思いとして迫ってきました。何というのでしょう。私たちが今の時代にあって、誠実に「神は愛です」という信仰に生きようとする時、時に様々な難しさを通さられることがあるのではないかと思います。周りの状況に逆行しなければならないような迫りを受け、選び取りの難しさを覚えることもあるかも知れません。

あるいは、それを必死に選び取ろうとしながら、だんだんとしんどさや疲れを覚えることがあるかも知れないと思うのです。K先生のお話を聞きながら、そんなふうに福島の地にあって、誠実な思いで「神は愛です」との信仰に生きようとされている人のリアルな声を聞くように思いました。

本日の御言葉には、次のように記されています。

「主は正しくいまし、恵みの業を愛し/御顔を心のまっすぐな人に向けてくださる。」

本日の御言葉を読みながら、K先生のことを思いました。

そんな中、「それでも語らないわけにはいかないんだよね」と様々な働きを続けておられる先生の姿に教えられ、励まされる思いでした。 (鈴木牧人)

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