「神は愛です」

Ⅰヨハネ4:14-17

本日は、三位一体の神様のうち、「父なる神」について考えたいと思います。選ばせていただいた聖書の箇所がⅠヨハネ4:7-10です。この聖書の御言葉から、「神は愛だからです」というところに注目したいと思います。私たちは「父なる神様」について考える時、何よりもまず、「この方は愛の方なんだ」ということを確認したいと思うのです。

以前、こんなことがありました。ある方がバプテスマを受けることになり、その方と一緒に信仰告白を準備していました。その方が信仰告白を書きあげてくださったのですが、その信仰告白を読みながら、私のほうから「ぜひ、この信仰告白の中で、『神様は愛です』ということについて書いてはもらえないでしょうか」とお話ししました。すると、その方がこんなふうにおっしゃったのです。

「実は、私からもこのことについて確認したいと思っていたんです。私は神様について、神様がおられるんだということは分かってきましたし、信じたいとも思っています。でも、『神様が愛』ということに言われても、それがいまいち、よく分からないんです。」

そこで私はこんな話をしました。

「確かに信仰のことや、神様のことで分からないこともまだまだあると思います。バプテスマを受けてからでも、焦らずに、、少しずつ、学びながら、分かってくることもあるんじゃないでしょうか。ただバプテスマを受け、信仰の一歩を踏み出すにあたって、『神は愛です』ということについては、ぜひ確認していけたらと思います。というのは、私たちがお互いに信じようとする神様が、どんな神様かということは、とても大事なことだからです。たとえば、『神は愛です』ということが曖昧になってしまう時、神様という方が、私たちにとって、『恐ろしい存在』になってしまうこともあるんじゃないかと思います。そんなふうに神様というお方が『恐怖の対象』となり、『その神様を信じなればダメだ』『従わないととんでもないことになってしまう』という考え方になってしまうこともあるんだと思います。私たちはそういう信仰に立ちたくはありません。あくまで私たちの信じる神様は、愛の神様であって、私たちはその愛の神を喜び、その愛の神に生かされていく…。そういう信仰を大事にしたいと思うんです。」

すると、その方は「よく分かりました」とおっしゃってくださいました。本日の御言葉を読みながら、改めて、その時のことを思い出しました。「神は愛です」。私たちが信じる信仰の最も大切なメッセージの一つがここにあるのだと思います。私たちの信仰は、恐れで煽り立て、神様を恐怖の対象としていくような信仰ではありません。むしろ、私たちは信仰によって、恐れから解放されるのです。不安や恐れで心ゆさぶられている時、私たちは神様への信仰をよりどころとし、御言葉からの「恐れなくていいんだ」というメッセージに励ましと慰めを受け、平安に生かされていくのだと思うのです。

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