本日のローズンゲンの御言葉です。

「神は計り難く大きな業を/数知れぬ不思議な業を成し遂げられる。」ヨブ9:10

「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに実を結ばせる。」マルコ4:26-28

本日の箇所には、次のように記されています。

「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに実を結ばせる。」

ここには「成長していく種」になぞらえたたとえが記されています。私たちは、私たちの心の中に様々な「成長していく種」を抱えていることがあるのではないでしょうか。私たちの心の中で、最初は小さな種のように過ぎない小さなことが、段々と成長し、いつの間にか、その種に心全体が支配されてしまう、そのような種があるのではないかと思うのです。その種は、私たちにとって良いものもありますし、悪いものもあります。たとえば、不安、恐れなどもそうであるかも知れません。そのような種が私たちの心に宿る時、その種は驚くほどのスピードで私たちの中で成長し、やがて、私たちの心を支配することがあるのです。先日もある家を訪ねたところ、こんな声を聞きました。

「家の中に一人で過ごしていると、ついあれこれと色々なことを考えこんでしまう時があります。そうすると、どんどん思いつめて、一杯一杯になってしまうことがあるんです。」

気持ちがよく分かるなと思いました。きっと多くの方がそのような経験をされたりしているのではないでしょうか。特にこのコロナの中で、そういう思いにさせられてしまうことがあるのではないかと思うのです。そのように、不安であったり、恐れという「種」が、私たちの心に宿る時、その種は驚くほどのスピードで私たちの中で成長し、やがて、私たちの心を支配してしまうことがあります。しかし、そのように私たちの心の中で「成長していく種」には、別のものもあるのだと思います。たとえば、「夢や幻」という種が、私たちの心に宿るということは、素晴らしいことです。これらの種も、私たちの心で豊かに成長していく種と言えるのだと思います。私たちは、今、私たちの心の土壌にどんな種を植えるのでしょうか・・・。心の土壌に植えるとは、言わばそれらのことを心の根っこに受け入れていくことと言えるだと思います。私たちが心の土壌に何を植えつけるか、何を受け入れるかによって、私たちの心全体を支配するものは決まるのです。そんな中、本日の聖書の箇所で「成長する種」として語られているものは、「神の国」です。イコールとして、私たちに神の国をもたらす方であるイエス・キリストを指していると考えていいのだと思います。つまり、イエス様も、私たちにとって、これらの種のような存在であると語られているのです。確かに、私たちがイエス・キリストを心に受け入れる時、イエス様は私たちの心の中で、最初、小さな種のように過ぎないように思えることがあるかも知れません。しかし、このイエス様は他のあらゆる種に優る種であり、やがて、私たちの心の中で大きな存在となり、私たちの不毛な心を覆っていく豊かな樹となっていく、そのような方であるように思います。そのイエス様こそ、何よりあなたの心に受け入れなさい、心の土壌にその種を植えなさい、それが、本日のたとえのメッセージなのです。

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