本日のローズンゲンの御言葉です。

「あなたは香水萱をわたしのために買おうと/銀を量ることもせず/いけにえの脂肪をもって/わたしを飽き足らせようともしなかった。むしろ、あなたの罪のためにわたしを苦しめ/あなたの悪のために、わたしに重荷を負わせた。わたし、このわたしは、わたし自身のために/あなたの背きの罪をぬぐい/あなたの罪を思い出さないことにする。」イザヤ43:24-25

「あなたがたは、以前は神から離れ、悪い行いによって心の中で神に敵対していました。しかし今や、神は御子の肉の体において、その死によってあなたがたと和解し、御自身の前に聖なる者、きずのない者、とがめるところのない者としてくださいました。」コロサイ1:21-22

昨日は、人吉のボランティアに出かけてきました。前回に引き続き、人吉旅館で作業をしてきました。前回のボランティアでは、建物全体の壁をはがすという作業を行なったのですが、今回はそれに続き、「足場の梁の釘抜き」と「泥だしの作業」を行ないました。すでに床板も外された足場の梁の部分の釘を抜き、さらに梁の下にある床下部分の泥をかき出すという作業を行ないました。そのように建物に入ったありとあらゆる部分の泥だし作業を行なうのには理由が二つあります。一つは泥が入ったことにより、中の梁や柱が腐ったり、カビが生えたりしないためです。もう一つは、浸水による泥にはどんな物質が混じっているか分からないため、全てを一度消毒しなければならないためです。福岡教会のUさんは「ある意味、浸水被害は地震被害よりもたちが悪いかも知れない」とおっしゃっていました。そんな中、昨日はまず釘抜きの作業から始まったのですが、釘抜きと言っても、築数十年の建物の釘はほとんどが錆びてしまってました。このため、釘抜きで抜くというより、ペンチで一本一本を引き抜くという作業でした。また、その後の泥だしの作業も本当に大変でした。前日まで人吉旅館の従業員の方々が泥だしをし、7割がた作業を終えることができていたということだったのですが、残り3割の作業も本当にしんどい作業でした。

今回の豪雨被害ではコロナの影響があり、どうしてもボランティアが少ない状況があります。そんな中、未だにお一人で様々な作業をされている方がおられるようですが、そのような方々にも速やかな助けや支えが与えられるようにと祈らされます。泥だしの作業中、こんなこともありました。息子と汗だくで泥をかき出し、集まった泥を一輪車で運んでいたのですが、その作業中、息子がこんなことを言っていました。

「今、教会学校で出エジプト記を読んでいるけど、イスラエルの民の気持ちが分かるよ」

現在、教会学校で出エジプト記を読んでいますが、ちょうどイスラエルの民がエジプトで重労働を強いられている様子が記されています。当時のイスラエルの人々も同じような作業を行なっていたのだと思います。そんな中、イスラエルの人々の苦労がよりリアルに迫ってきたようです。息子の言葉を聞いて、「確かにそうだね」と話しました。そんなふうに、昨日の作業は色々と大変でしたが、同時に多くのことを教えられた時でもありました。

本日の箇所には、次のように記されています。

「あなたは香水萱をわたしのために買おうと/銀を量ることもせず/いけにえの脂肪をもって/わたしを飽き足らせようともしなかった。むしろ、あなたの罪のためにわたしを苦しめ/あなたの悪のために、わたしに重荷を負わせた。わたし、このわたしは、わたし自身のために/あなたの背きの罪をぬぐい/あなたの罪を思い出さないことにする。」

本日の箇所には、「苦しみ」とか「重荷」ということが語られていますが、昨日の作業のおかげで、これらの言葉がより一層心に迫ってきます。ここには私たちのために「苦しみ」「重荷」を負ってくださった神様の姿が記されています。しかし、それでも私たちを愛し、私たちの罪を贖ってくださった神様の恵みの業が記されているのです。改めて、神様はどれほど私たちのために「苦しみ」「重荷」を負ってくださったんだろうと思い、そのことの意味や恵みについて考えさせられました。

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