本日のローズンゲンの御言葉です。

「正義が造り出すものは平和であり/正義が生み出すものは/とこしえに安らかな信頼である。」イザヤ32:17

「神の国は、飲み食いではなく、聖霊によって与えられる義と平和と喜びなのです。」ローマ14:17

8月30日は平和祈念礼拝です。毎年、青年会、少年少女会の皆さんが、この礼拝のために祈って備えてくださっていますが、今年もそのように平和記念礼拝を準備してくださいました。特に今回の平和祈念礼拝では、私が大村古賀島教会で説教奉仕があるため、Sさんが説教をしてくださることになりました。本当に感謝です。平和祈念礼拝では、例年、テーマについて考えることから始めています。今回も青年会、少年少女会の皆さんでテーマについて考えてくださいました。黒人差別の問題、香港の民主運動のこと、沖縄の基地問題、平和憲法のこと等、取り上げたいテーマについてそれぞれ意見が出されたのですが、最終的に現在のコロナの問題から平和について考えていきたいということになりました。現在、世界中を脅かしているコロナの問題は、国と国という大きな問題においても、私たちの身近な関係においても、時に分断を生み、差別構造や、敵対関係を生み出してしまっているのではないかと思います。そんな中、このコロナの問題から平和について問いかけられていることは何だろうかということを考えることになりました。お話を聞きながら、本当に大切なテーマだなと思いました。本日の箇所には次のように記されています。

「正義が造り出すものは平和であり/正義が生み出すものは/とこしえに安らかな信頼である。」

本日の箇所には、正義こそが平和を生み出すことが記されています。同時にその正義は、とこしえに安らかな信頼をも生み出すと記されています。本日の箇所を読みながら、「平和」と「信頼」は繋がっているんだなと思いました。そして、「平和」というのは、単に争いのない状態ではなくて、何より互いに安らかな信頼関係に生かされている状態なんだなと思いました。先日、ある方とこんな話になりました。

「このコロナの生活の中で、どうしてもコミュニケーションを取ることが難しくなっている。誰かと話をしても、ただ用件だけを済ませるような話で終わってしまうことが多い。けれど無駄話だったとしても、もう少し互いの思いを分かちあう時間が必要なんじゃないかと思う。」

お話を聞きながら、色々なことを考えさせられました。現在、中々、コミュニケーションを取ることが難しい状況ですが、そういう時だからこそ、どのように互いに思いを分かちあい、心を通わせることができるかということが問われているのかも知れません。そして、そのためにも主の執り成しが必要だなと思います。私たちでは繋がりあえない部分を、主が執り成してくださり、その主にあって、互いに繋がり、主にある安らかな信頼関係に生かされることができたらと思うのです。いずれにしても、今日一日、礼拝を通し、御言葉を通し、平和について共に考える一日となったらと思います。

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