本日のローズンゲンの御言葉です。

「主の言葉を聞け、イスラエルの人々よ。主はこの国の住民を告発される。この国には、誠実さも慈しみも/神を知ることもないからだ。」ホセ4:1

「悔い改めよ。天の国は近づいた。」マタ3:2

以前にもお話ししたことがあると思います。ある先生が「出会い」についてお話ししていました。

「出会いというのは、私たちの何かを変えていく。出会った人は、これまでの自分ではもはやいられないんだ。」

すると、それに対して、ある学生がこんな質問をしました。

「でも、出会ったとしても、何も変わらないということもあるんじゃないですか?」

それに対して、その先生はこんなふうに答えていました。

「その人が出会っても何も変わらないとするなら、その人は本当は出会っていないんじゃないのかな?」

その言葉が今も心に残っています。本日の箇所には次のように記されています。

「悔い改めよ。天の国は近づいた。」

この言葉はバプテスマのヨハネが語った言葉です。バプテスマのヨハネが人々に語ったメッセージの要約がこの言葉に表れていると言われています。この「悔い改めよ」との言葉は、ギリシア語では「メタノエオー」という言葉が使われています。この言葉は、「変化」を表す「メタ」という言葉と、「理解する」を表す「ノエオー」という言葉が合わさってできた言葉だと言われています。思いや考え、そのように「心が変えられていくこと」を表す言葉が、「メタノエオー」という言葉なのです。つまり、ここでバプテスマのヨハネが語っているのは、今や天の国が近づいている…。そのことを覚えて、心を変えなさいということが言われているのだと思います。本日の御言葉を読みながら、改めて、先ほどの「出会い」ということについて考えました。どんな出会いであったとしても、その出会いが私たちの何かを変えていくとするなら、ましてや、天の国との出会いは私たちにとって決定的な出会いとなっていくのだと思います。そんなことを思いながら、天の国ときちんと出会っていきたいということを思いました。何より、私たちのもとに御子が来てくださった…。そのクリスマスの出来事が、私たちに天の国が近づいた決定的な出来事でした。そのクリスマスの出来事を改めて、噛みしめていけたらと思いました。

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