本日のローズンゲンの御言葉です。

「主なる神は、弟子としての舌をわたしに与え/疲れた人を励ますように/言葉を呼び覚ましてくださる。」イザヤ50:4

「神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちも神からいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。」2コリント1:4

本日の箇所には、次のように記されています。

「神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちも神からいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。」

本日の箇所には「神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださる」と記されています。この「慰め」という言葉を読む度に、思い出すことがあります。それは「慰」の漢字の由来です。前にもお話したことがあると思いますが、「慰」の漢字は、分解すると、大きく四つの象形文字から成り立っているそうです。まず左上の部分は「ひのし」と言われる布地のしわを伸ばす為の道具を表す象形文字だそうです。いうなれば、今のアイロンに相当するものです。また右上の部分は「右手」を表す象形文字だそうです。そして、真ん中の部分に「燃え立つ炎」を表す象形文字があり、一番下は「心臓」を表す象形文字だということでした。つまり、しわくちゃになった布地のような心を暖かな炎で少しずつ温めながら、しわのない真っすぐな心へと整え、伸ばしていくようなイメージでしょうか。そのような意味を表す漢字が「慰」だというのです。

「慰め」という言葉を読む度に、そのような「慰」の漢字の由来を思い出すのですが、本日の御言葉を読みながら、改めて、神様は私たちをそんなふうに取り扱ってくださっているんだなということを思いました。時々に心がしわくちゃになってしまっている私たちがいます。そんな私たちを神様は、神様の愛と恵みの光で温めてくださるのだと思います。同時に、神様から示される真実の御言葉が、私たちの心を真っすぐな方向に立ち戻らせてくださるということがあるのだと思うのです。

昨日、今年最後の礼拝を献げました。礼拝を献げながら、今年も一年間、本当に色々なことがあったなということを思いながら、神様の「慰」の取り扱いの中、何とかここまで守られ、導かれてきたことを思います。新しい年もその神様を見上げながら、期待しながら、歩んでいくことができたらと思わされています。

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