本日のローズンゲンの御言葉です。

「神をたたえよ。神はわたしの祈りを退けることなく/慈しみを拒まれませんでした。」詩編66:20

「目を覚まして感謝を込め、ひたすら祈りなさい。」コロサイ4:2

現在、私たちの教会では、主の晩餐をそれぞれ小分けにした袋に入れています。礼拝の中では、主の晩餐の式だけ行ない、それぞれお家に帰って、パンと杯を食していただくことにしています。6月6日の主の晩餐もそのように行なったのですが、前の日の5日にその準備のための袋分けの作業をしてくださっていました。そのようにして袋分けを行なったものを教会員の幾人かの方々に週報と一緒に届けてきました。そのお一人として、H姉のお家にも届けてきました。H姉は糟屋郡の須惠に住んでおられます。これまで遠方から毎週電車に乗って来てくださっていたのですが、コロナの後、長らく来れない状況が続いています。それでも毎週、インターネット礼拝を献げてくださっている連絡をいただいていたのですが、しばらくお会いできていないので、今回、週報や主の晩餐のセットを届けるため、H姉のお家に行くことにしました。H姉はお母さんと一緒に住んでおられるのですが、H姉のお母さんは教団の教会員です。ですが、このところ、ご自分の教会に行けないので、H姉と一緒に姪浜教会のインターネット礼拝を献げてくださっています。以前からそのことをH姉からお聞きしていたので、今回、二人分の主の晩餐のセットを持っていくことにしました。そうしたところ、H姉のお母さんから丁寧なお礼のお葉書をいただきました。特にしばらく主の晩餐をすることができていなかったので、今回、主の晩餐をすることができて感謝でしたとのことでした。そのようなお葉書をいただき、H姉のところに行けて、本当に良かったなと思いました。

本日の御言葉には次のように記されています。

「目を覚まして感謝を込め、ひたすら祈りなさい。」

本日の御言葉を読みながら、改めて、今の私たちが置かれている状況について考えさせられました。コロナの緊急事態宣言の下、私たちは礼拝でさえ、いつものようにできない状況が続いています。そんな中、何とも言えないしんどい状況がありますが、そのような時こそ、より一層、目を覚まして、主に目を向けていきたいと思います。私たちがそんなふうに心を静めて、主に思いを向けようとしていく時、様々な課題と同時に、様々な感謝な思いが沸き上がって来ることがあるのではないでしょうか。たとえば、今回のことなんかを思う時にも、そう思います。H姉のお母さんからのお葉書を読みながら、このようなお葉書をいただき、本当に感謝だなと思いましたし、さらに毎月、主の晩餐の袋分けの作業をしてくださっている奉仕者の働きもありがたいなと思いました。そして、何より、大変なことが色々ありますが、このような形で私たちの教会が守られていることが何より感謝だなと思わされました。そんなふうに、今も大変な状況は続いていますが、その中で心を静め、主に目を向けながら、思いを巡らせていく時、色々なことに気づかされていくことがあるのだと思います。その中で色々な大変な事柄と共に、たくさんの神様の恵みの取り扱いを感じさせられていくということがあるのだと思います。まだもう少し、このコロナのしんどさは続くかも知れませんが、共に御言葉に、そして、主にある交わりに励まされながら、目を覚ましつつ、感謝し、祈り、主を見上げていきたいと思います。

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