本日のローズンゲンの御言葉です。

「それから、わたしを呼ぶがよい。苦難の日、わたしはお前を救おう。そのことによって/お前はわたしの栄光を輝かすであろう。」詩編50:15

「思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。」1ペトロ5:7

「心配」という言葉があります。私は「心配」という言葉が美しい言葉だなと思っています。「心配」という言葉について調べますと、和製漢語だということでした。「心配り」を音読して作られたそうです。江戸時代から使われ始めたということでした。本来は、「心を配る」という意味があり、そのことがやがて「気にかける」という意味となり、気がかりで思い煩うことをも意味するようになったということでした。私はその成り立ちを思う時、「心配」という言葉が美しい言葉だなと思うのです。本来、誰かだったり、何かの物事を「思う」からこそ、「心配する」のだと思います。そのことについて、真剣に考え、我がことのように心を割いているから、そのように「心配する」のだと思うのです。無関心だったら、そんなふうに「心配する」こともないのだと思います。ただ一方でそんなふうに「心配する」あまり、私たちは私たちの負えないものまで抱え込んでしまいそうになることがあります。結果、「心配」に押しつぶされてしまいそうになるのです。そんな私たちに本日の御言葉は語りかけているのだと思います。

「思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。」

ここには、神様が私たちのことを「心にかけていてくださる」こと、私たちのことを「心配」していてくださることが記されています。「あなたの抱えている問題をわたしはちゃんと分かっているんだよ」「心にかけているんだよ」主はそのように私たちに呼びかけながら、「だから大丈夫。あなたが抱えているものをわたしに任せなさい」と語りかけてくださっているのです。この神様の呼びかけが、私たちの抱える「心配」を軽くさせてくれるのだと思います。抱えなくていいものを抱える必要がなく、私たちが本来、心を向けるべきものに心を配っていくことができるのだと思うのです。本日の箇所を読みながら、改めて、まずこの神様に私たちの抱える思い煩いを一切、神様に明け渡していきたいと思いました。その中で私たちが今できる一つ一つに向き合っていきたいと思います。

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