「ずっとわたしと共にいてくださった」
創世記31章1-21節
これまで私たちはヤコブの歩みについて読み進めてきましたが、本日の箇所は、ヤコブの信仰にとっての大きなターニングポイントの一つと言えるのではないかと思います。それは、ヤコブが「神様の御言葉を示され、その御言葉に応えて従っていく」ということを学んでいったというターニングポイントです。創世記28:10-22には、ヤコブが荒れ野の真ん中で天から伸びる階段の幻を見たことが記されています。この時、ヤコブは神様との決定的な出会いを経験していました。しかし、その出会い方というのは、神様がヤコブに近づいてくださったという出会い方であり、ヤコブにとっての神様は、自分が苦しい時、孤独な時、共にいてくださる方ということだったのだと思います。そんな出会い方や関係性から、さらに「神様の御言葉に応えて従っていこう」という関わり方を学んでいったのが本日の箇所です。
ヤコブがハランにやって来て20年間が過ぎていました。ヤコブはこれまでラバンのもとで散々な目に遭ってきました。しかし、神様はそんなヤコブをかえりみてくださり、支えてくださいました。結果、ヤコブの財産は、ラバンの財産より多くなっていたのです。しかし、このことゆえに、ヤコブはラバンの家族から妬まれるようになります。その様子を見せられ、ヤコブとすればいよいよもって「もうここにはいえられない」という思いにさせられていったのでした。しかしながら、いざそれを行動に移すとなると、相当な決断が必要でした。いざ故郷に帰るとなると、様々な問題を克服しなければならなかったのです。そもそも20年も過ごしていて慣れ親しんだハランを去るということに少なからず大変なことだったろうと思います。何より自分がハランを去ると言い出せば、ラバンが黙っていませんでした。また故郷に帰ったら、そこでお兄さんのエサウと再会しなければなりませんでした。お兄さんとはこれまで色々なことがあって、お兄さんはヤコブを深く恨んでいました。殺してやるとさえ言っていたのです。そんなお兄さんの存在が、故郷に帰るということを考える時の一番の悩みの種だったのだと思います。いずれにしましても、ここにはいたくない、故郷に帰りたいと思っても、それをいざ行動に移すという時には色々な問題がありましたから、躊躇してしまうような部分も少なからずあったのだと思います。
そういうことは、私たちにもあるんじゃないでしょうか。色々な状況の中で、私たちなりの思いや考えがあるのですが、いざ何かを選び取って踏み出していくとなると、何を選び取るにしても、課題や心配事が湧き上がる…。そんな中、どうすればいいのか分からなくなってしまうということがあるのではないでしょうか。そんな時、神様の御言葉を示され、その御言葉に信頼し、一歩を踏み出すことができるということはどれだけ心強いことでしょう。ヤコブはまさにそのような経験をしたのだと思います。ラバンやラバンの息子たちとの関係に悩みながら、これからどうしていくべきか、苦しみ悩んでいたヤコブに、神様は「あなたは、あなたの故郷である先祖の土地に帰りなさい。わたしはあなたと共にいる」と言われ、ヤコブはその言葉に押し出されるようにカナンに帰ることを決断したのです。