おはようございます。

本日のローズンゲンの御言葉です。

「主はこう言われる。『お前の切り傷はいえず/打ち傷は痛む。さあ、わたしがお前の傷を治し/打ち傷をいやそう』」エレ30:12,17

「そして、十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。わたしたちが、罪に対して死んで、義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。」Ⅰペト2:24

「幸せなら手をたたこう」という歌があります。作詞は早稲田大学人間科学部名誉教授の木村利人さんが作りました。木村さんは早稲田大学の学生だった1959年、フィリピンを訪れました。国際YMCAのワークキャンプに、日本代表3人の1人として参加したそうです。当時は、終戦後、14年経っていました。しかし、キャンプ地となった小学校のそばの浜辺には、上陸用舟艇が残骸をさらしていたそうです。また、木村さんたちを迎えたフィリピンの人は殺気立っていました。戦時中に日本軍は、フィリピンの軍人だけでなく、一般市民も殺しました。キャンプの若者の中には、母親を日本軍に殺されたフィリピン人もいたそうです。「あんたが来たら殺そうと思っていた」という人もいました。その一方、日本人を敵視するのでなく許そう、という若者たちもいました。そもそも受入れ団体が、お互いに許しあって仲良くしようというNGOでした。木村さんは黙々とトイレの穴掘りなど、ボランティア活動しつつ、キリスト者として祈りました。その姿を見ているうちに、フィリピン人の目も態度も変わってきました。小学校の校庭からは子どもたちのはずむような歌声が聞こえてきました。耳に残るそのメロディーはスペイン民謡で、「みんなでいっしょに仲良く遊ぼう」という歌詞でした。その歌を聞きながら、木村さんの脳裏に、旧約聖書の詩篇47にある「CLAP YOUR HANDS」という言葉が浮かびました。手をたたいて神を称えよ、という内容です。そして、心に思うだけでなく、態度で示すことが必要なのだと考えました。幸せであることも態度で示すことが肝心だと思いました。帰路のフランス船の上で、子どもたちの歌うスペイン民謡のメロディーを基礎に、聖書にならった歌詞をつけたのが「幸せなら手をたたこう」だということです。10番まで作詞しました。早稲田奉仕団の学生会の初代会長となった木村さんは、夏のワークキャンプでこの歌を歌いました。やがて歌声運動でも歌われるようになり、しばらくの間、作者不明のまま広まっていましたが、これを耳にした坂本九が作曲家いずみたくに聴かせ、いずみが編曲してレコードとなり、全国的にヒットしました。その過程で木村さんが創った歌だとわかりました。また東京オリンピックの年、高度成長のただ中で、覚えやすいメロディー、みんなでいっしょにやる楽しさも相まって、日本のあちこちで歌われるようになりました。また、東京オリンピックのさいにソ連の体操チームの入場行進曲としてこの歌が使われ、そこからヨーロッパにも伝わるようになったそうです。そのように様々な経緯を経て、世界中で知られるようになった「幸せなら手をたたこう」という歌ですが、木村さんはこの歌について「戦争の悲劇の中で、苦しみと、再び戦争を繰り返すまいとう決意の中から生まれた歌です。この歌には不戦の誓いが込められています」と語っているそうです。

本日の箇所には次のように記されています。

「主はこう言われる。『お前の切り傷はいえず/打ち傷は痛む。さあ、わたしがお前の傷を治し/打ち傷をいやそう』」

この御言葉を読みながら「お前の切り傷はいえず/打ち傷は痛む」という言葉が心に迫ってきました。私たちには時に中々癒えることのない痛みや傷があります。それはきっと肉体的な傷だけではないのだと思います。これまでの歩みの中で受けてきた心の痛みや傷もあるのだと思いました。そんな痛みや傷を思いながら、主はそんな私たちの痛みや傷さえも癒してくださるのだなということを思いました。そして、そんなことを思いながら、木村さんの歌を思いました。聖書の御言葉から生まれた「幸せなら手をたたこう」という歌が、だんだんと広がり、人々の心を慰め、癒していったように、この時代にあって、主にある慰めや癒しが広がっていくことを祈らされます。

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