本日のローズンゲンの御言葉です。

「ハレルヤ。わたしたちの神をほめ歌うのはいかに喜ばしく/神への賛美はいかに美しく快いことか。」詩編147:1

「詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、主に向かって心からほめ歌いなさい。」エフェソ5:19

昨日、礼拝後、執事役員選出臨時総会を無事終えることができました。前にもメールで書きましたが、正直のところ、今回の臨時総会は成立さえ、どうなるか心配していたところがありました。しかし、皆さんが総会を覚えてくださり、総会成立の条件である、出席者が現在会員の3分の1、委任状を含めた数が2分の1を無事クリアすることができました。当日は、朝まで熊本におられた方だったり、礼拝後、すぐに熊本に出かけなければならない方などもおられました。しかし、急いで教会に駆けつけてくださったり、ぎりぎりまで総会に出席し、出かけられたりということがありました。また、遠方におられる教会員の皆さんも、祈りに覚えてくださり、「委任状が届いていないようなのだけど、委任の意思を伝えてください」という連絡などもいただきました。その一つ一つに、本当に皆さんがこの総会のことを覚えてくださり、祈っていてくださったんだなということを思いました。また、何より主の守りと支えをひしひしと感じる総会でした。感謝です。ですが、大事なのは、ここからだと思っています。新しく選出された三名の執事を始め、次年度の働きを担っていく執事の一人一人のため、私たちがどんなふうに祈り、支えていくことができるかということが何より大事だと思うのです。この二年間、執事会で毎回話し合うのは「今後のコロナの対応をどうするのか」ということです。毎回、本当に悩ましい選び取りがあります。そんな中、か細い糸を切れないように紡ぐような思いで、ここまで歩んでくることができたのだと思っています。その背後には、執事の皆さんを始め、多くの奉仕者の皆さんの支えがありました。改めて、皆さんのお働きを覚え、祈り、支えていけたらと思っています。

そんなことを思っていたところ、今朝、T教会のMさんから次のようなLINEが届きました。

「今日はバプテスト誌の祈祷日課で、姪浜教会を覚えて祈る日です。姪浜教会の祈りのリクエストのために祈ります。」

LINEを読みながら、改めて、私たちの教会が全国の連盟の諸教会の皆さんに祈られているんだなと思いました。そんなふうに、教会の中だけではなく、全国の諸教会の皆さんとも祈りによって繋がることができる…。それが私たちにとっての、何よりの励ましであり、支えなのではないかと思います。

本日の箇所には、次のように記されています。

「詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、主に向かって心からほめ歌いなさい。」

先日の御言葉メールでも書きましたが、「エフェソの信徒への手紙」を始め、新約聖書の各書簡が書かれた時代というのは、キリスト教は少数派で、迫害もされていました。教会を取り囲む状況には、様々な課題があり、教会で共に集まって礼拝することもままならない状況だったと思います。その中で、大きな役割を果たしたのが、「手紙」でした。大変な状況の中、初代教会の人々は、手紙を通して、互いの信仰を確認し、共に主を見上げ、互いに繋がりあい、励ましあっていったのです。その状況を思います時に、どこか今の私たちの状況と重なってくるように思います。改めて、様々な困難や課題、緊張感がある中で、共に祈りつつ、主を見上げ、「詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い」つつ、励ましあい、支えあって歩んでいくことができたらと思います。先ほどのMさんからのLINEには次のようなことも書かれていました。

「阪神淡路震災の忘れずに皆様と祈りを合わせています。」

本日、阪神淡路大震災から27年を数えます。今も悼みの中にあるお一人お一人を祈りに覚えていきたいと思います。

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