本日のローズンゲンの御言葉です。

「命ある限り、わたしは主に向かって歌い/長らえる限り、わたしの神にほめ歌をうたおう。」詩編104:33

「あなたがたの中で苦しんでいる人は、祈りなさい。喜んでいる人は、賛美の歌をうたいなさい。」ヤコブ5:13

昨日、教会学校の奉仕者会がありました。その中で「祈り」について、こんな話になりました。

「祈りというのは、私たちにとって大切な『奉仕』『働き』でもあります。しかしながら、この『奉仕』『働き』は、大切であることを忘れられてしまうこともあったりします。私たちの営みが慌ただしくなると、一番最初に削られてしまったり、忘れられてしまう『奉仕』や『働き』が祈りだったりするのです。」

そんな話になりました。どうでしょう。実際、そういうことがあるのではないでしょうか。色々と慌ただしい中、自分なりに奮闘しているのですが、いつの間にか自分が何かおかしな方向に向かっていたり、心が落ち着かなくなっていく…。そういう中で、ふと自分を省みて、「祈っていなかったな」ということに気づかされることがあります。そんな話をしながら、改めて、祈りは私たちにとっての大切な「働き」でもあるし、その祈りには力があるんだということを分かち合いました。正直、「奉仕」や「働き」という言い方をすると堅苦しいイメージで受け取られてしまうこともあるかも知れないので、私としてはそのような表現は余り好きではありません。しかし、あえてそのような言い方をしました。というのは、時に祈りは意識をしてしないとできないからです。本日の箇所には、次のように記されています。

「あなたがたの中で苦しんでいる人は、祈りなさい。喜んでいる人は、賛美の歌をうたいなさい。」

本日の箇所を読みながら、「祈りなさい」との言葉、そして、「賛美の歌をうたいなさい」との言葉が心に留まりました。そして、昨日の奉仕者会での分かち合いを思い出しました。祈ること、そして、賛美すること、それらは共に私たちにとって大切なものです。本来、呼吸をするように自然なものとして、祈りや賛美に親しむことができたらと思いますが、意識的にしなければならない時もあるのだと思います。そんな中、祈りや賛美の力を身をもって知らされ、そのことに励まされていくことができたらと思います。そのような経験を通して、私たちの信仰は豊かに育まれていくのだと思うのです。

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