本日のローズンゲンの御言葉です。

「あなたたちは喜び祝いながら出で立ち/平和のうちに導かれて行く。山と丘はあなたたちを迎え/歓声をあげて喜び歌い/野の木々も、手をたたく。」イザヤ55:12

「門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。」ヨハネ10:3

昨日、礼拝後に信徒常会が行なわれました。その信徒常会の中で、2022年度の年度聖句と年度標語について説明をしました。年間聖句は、コロサイの信徒への手紙3:15です。

「また、キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。」

これを受けて、年間標語は「キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい」というものにしたいと考えています。この年間聖句、年間標語を受けてのコメントとして次のようなことを記しました。

「昨年末、我が家では、家族が次々と風邪をひいたり、身体を痛めたりということがありました。家族の全員が満身創痍というような状況で年越しを過ごしました。数日前までは何の問題もなかったのに、突然、そんなふうになってしまい、改めて『いつ何が起こるか分からないな』ということを実感しました。そして、そのような経験をさせられながら改めて思ったのは、『そういう私たちがただただ神様の御手の中で生かされているんだな』ということでした。考えてみます時に、昨年度は一年を通して、そのようなことを繰り返し経験してきたと思います。特にコロナの状況の中でそういう経験してきました。コロナが落ち着いて、これまでの歩みを少しでも取り戻せるかなと思った矢先に、すぐまた緊急事態宣言になって、振り出しに戻ったような思いにさせられてしまう…。先々のことを思う時、『これからいったいどうなるんだろう』という思いにさせられてしまうようなことを繰り返し経験してきたのだと思います。そして、そのような経験をさせられる中、つくづく『そういう私たちがただただ神様の御手の中で生かされているんだな』ということを知らされてきたのではないでしょうか。

今回、選ばせていただいたのは、コロサイ3:15です。この御言葉を読みながら、『キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい』という言葉が心に留まりました。現在、私たちを取り囲んでいる周りの状況を見渡す時、『支配』という言葉が、私たちを覆おうとしているのではないかと感じることがあります。私たち一人一人の思いを越えた、圧倒的なものが、私たちを覆おうとしているんじゃないかと思うことがあるのです。たとえば、現在、私たちを取り囲んでいるコロナについて考える時にも、そんなことを思います。私たちはコロナ感染症という問題に覆われながら、その下で『コロナとどう向きあえば』ということが否応なく問われ続けてきました。また、そのようなコロナのことが引き金となり、世界が大きく混乱し、変わりつつあります。そのような状況の中で、次第次第に、人が人の上に君臨し、支配しようとするような世界も広がりつつあるのではないかと思うのです。そのようなことを考えてみる時、現在、私たちを取り囲む世界には、『支配』という言葉が様々な形で問われているのではないかと思うのです。そんなことを思いながら、コロサイ3:15の『キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい』という言葉が心に迫ってきます。私たちを取り囲む世界がどのように変化しても、色々な問題が私たちを覆おうとしたとしても、私たちの歩みは全てが主の御手の中にあり、その御手によって生かされているんだということを心に刻んでいきたいと思います。そして、共に励ましあいながら、共にキリストを見上げ、キリストの平和に生かされ、歩んでいきたいと思うのです。」

この年間聖句、年間標語は、今年の一月から協議してきたものなのですが、現在、ウクライナの情勢などを考える時、なおさらこの御言葉が今の私たちに問われているのではないかと思わされます。本日の箇所には次のように記されています。

「あなたたちは喜び祝いながら出で立ち/平和のうちに導かれて行く。山と丘はあなたたちを迎え/歓声をあげて喜び歌い/野の木々も、手をたたく。」

本日の御言葉を読みながら、「あなたたちは喜び祝いながら出で立ち/平和のうちに導かれて行く」との御言葉が心に留まりました。そして、昨日分かち合った年間聖句、年間標語のことを思いました。この時代にあって、何より共にキリストを見上げ、キリストの平和に生かされ、歩んでいきたいと思います。その平和のうちに導かれつつ、主にある喜びに生かされていきたいと思います。

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