本日のローズンゲンの御言葉です。

「主の律法は完全で、魂を生き返らせ/主の定めは真実で、無知な人に知恵を与える。」詩編19:8

「そこで群衆は、『では、わたしたちはどうすればよいのですか』と尋ねた。ヨハネは、『下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ。食べ物を持っている者も同じようにせよ』と答えた。」ルカ3:10-11

ある先生がこんな問いかけをしていました。「みなさんは象の食べ方って知っていますか?」いきなりの言葉に皆、「いったい何のことだろう」と思いました。その先生はその後、このように続けていました。「象をどう食べればいいのか…、一口ずつ食べるしかないんですよ。」そのようなことを言われながら、先生はたとえ象のような大きな存在でも、地道に一口ずつ食べていけば、やがては食べきれる時が来る…。同じように、私たちの目の前の課題が、どんなに大きく、困難に思えたとしても、地道に一つ一つ行なっていけば、やがて事柄はなされていくんだということを、その先生はおっしゃっていました。時々に思い出す話です。象など、食べたことはありません。しかし、「象の食べ方」について考える時、色々なことを教えられなと思うのです。つい、目の前の課題に向き合わされる時、すぐに何とかしようとして、アップアップになってしまいそうになることがあります。そんな中、先生の言葉を思い出しながら、一口一口、象を食べるように、できることの一つ一つをしていくことの大切さを思うのです。

本日の箇所には、次のように記されています。

「そこで群衆は、『では、わたしたちはどうすればよいのですか』と尋ねた。ヨハネは、『下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ。食べ物を持っている者も同じようにせよ』と答えた。」

この御言葉は、バプテスマのヨハネと群衆とのやり取りです。この時、人々はバプテスマのヨハネから罪を示され、悔い改めに迫られていました。人々は自分たちの罪の深さ、課題の大きさをまざまざと感じていたのだと思います。しかし、このような状況の中で、いったいどうすればいいのか、何から始めたらいいか分かりませんでした。そんな人々に、ヨハネはそれぞれ自分たちができることから始めなさいと言われました。それが「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ。食べ物を持っている者も同じようにせよ」とのメッセージでした。ここにはまさに「象の食べ方」が示唆されているのではないかと思います。私たちは決して無理をしたり、背伸びしたりしなくてもいいと思います。しかし、私たちが今置かれている状況の中で、できること一つ一つをしていけたらと思います。その積み重ねが大きな意味をもつということを忘れないでいたいと思うのです。

現在、一人の姉妹のことを覚えて祈っています。その姉妹は今、本当に辛い思いを通らされていますが、その中で、御言葉をノートに書き記すことを地道にしておられます。その姉妹が抱えている課題を思う時、小さな業に思えるかも知れません。しかし、そのような小さな一つ一つの業の積み重ねが大きな意味を持つことを信じながら、行なっています。私たちの一歩一歩の歩みはそのような中でなされていくのだということを覚えていたいと思います。

鈴木牧人

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