「光あるうちに光の中を歩め」
ヨハネ12章35-36節
本日は、召天者記念礼拝です。私たちの教会は、1956年に伝道が開始され、今年で66年になります。この間、多くの人たちが私たちの教会に集い、共に教会を建て上げてくださいました。その中には、すでに主の御許に召された方もおられます。本日は、その方々を覚える礼拝です。本日の礼拝週報には、その方々のお名前を書いた紙をお入れしています。また会堂前には、皆さんの写真も置いています。ぜひ、お一人お一人のことを覚えていただけたらと思います。
昨日、大名で牧師会があったのですが、そこで福岡ベタニヤ村教会に牧師として赴任されたT先生にお会いしました。T先生にはこれまで色々お世話になってきましたが、その中で思い出す話があります。T先生は以前、金沢教会で牧師をされていました。金沢教会には幼稚園があるのですが、その幼稚園の卒園児に、アスペルガーを患ったお子さんがいるそうです。その子がお母さんに「幼稚園に通って一番良かったと思っているのが、T先生に会えたことだ」と話していたそうです。そして、T先生が幼稚園で話したお話が忘れられないということでした。それは敬老の日の時に子どもたちに話してくれた話です。
「今日は、おじいちゃん、おばあちゃんにありがとうを言う日だよ。私たちはみんな、おじいちゃん、おばあちゃんがいなかったら、生まれなかったんだ。そして、それは、おじいちゃん、おばあちゃんだけじゃない。おじいちゃん、おばあちゃんのそのまたおじいちゃん、おばあちゃんがいるんだよ。考えてごらん。もし、おじいちゃん、おばあちゃんのそのまたおじいちゃん、おばあちゃん、そして、そのまたおじいちゃん、おばあちゃんのうちの一人でも、生きることを諦めてしまったら、君たちは生まれてこなかったんだよ。そのことを忘れないでね。」
その子は、そのお話が心に残っていると話していました。T先生は、自分の話をその子が鮮明に覚えてくれていることに感動したと話していました。本日の召天者記念礼拝にあたってまず、そのことを覚えていたいと思います。そこには、諦めなかった人がいたということです。T先生がおっしゃるように、生きることを諦めなかった人がいたり、信仰を諦めなかった人がいたり、教会に繋がることを諦めなかった人がいる…。そのような人たちがここまで繋いでくださって、今、私たちがここでこうして、共に礼拝を献げることができているのだと思うのです。
私たちは本日の召天者記念礼拝を感謝しつつ献げたいと思います。私たちにとって大切なお一人お一人との出会いに感謝したいと思います。その出会いを与えてくださった神様に感謝したいと思います。同時に、私たちが出会ってきたお一人お一人を思い起こしながら、その出会いを通して、私たちが学んだこと、与えられてきたもの、同時に、問いかけられていることを今一度心に刻んでいきたいと思います。そのことを心に刻みながら、そのことを私たちの今を生きる大切な糧や指針としていくことができたらと思うのです。