本日のローズンゲンの御言葉です。

「肥えた牛を食べて憎み合うよりは/青菜の食事で愛し合う方がよい。」箴言15:17

「そして、ある貧しいやもめがレプトン銅貨二枚を入れるのを見て、言われた。『確かに言っておくが、この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金したが、この人は、乏しい中から持っている生活費を全部入れたからである。』」ルカ21:2-4

今朝、テレビで一組の家族が紹介されていました。二人のお子さんとおばあちゃんと同居するご夫婦でした。夫婦共働きで忙しい毎日を過ごしています。そんなご家庭のリビングの真ん中には大きな飼育ケースがいくつもあり、そこに昆虫やヤモリなどを飼っていました。お子さんが捕まえてきた昆虫だそうです。飼育ケースは初め、玄関に置いていたそうですが、お子さんが餌やりを忘れてしまうので、リビングに持ってきたということでした。お母さんはこんな話をしておられました。

「子どもが小学校に入りたての頃、毎日の学校に行く準備に慌てていた。テストで良くない点数を取って帰ってくると、子どもは『もう学校には行きたくない』と駄々をこねる。その様子にイライラが募っていった。加えて、夫の仕事も忙しくなり、家事の負担が増える。ある時、些細なことで爆発し、夫にあたってしまった。すると、夫は『おれだって家に帰りたくなくて帰らないわけではない』と口論になり、互いに気まずい雰囲気になった。そんな時、救ってくれたのは『虫たち』だった。虫たちが成長し、新たな命が生まれていく様子を家族で見つめながら、そのことで夢中になっていると、それまでもゴタゴタや鬱憤がどうでもいいように感じた。」

その日はヤモリが誕生し、そのことに家族みんなで興味津々に見つめている様子が映し出されていました。

「虫やヤモリたちはただ食べて成長し、新しい命を生み出している。その様子を見ていると、何もかもをきちんとしなくても、こんなふうに精一杯生きるだけで十分なんだと思えるんです。最初は子どものために虫を飼うようになりましたが、次第に私たちのためにこの虫がいてくれるんだなと思うようになりました。」

素敵な話だなと思いました。本日の箇所には、次のように記されています。

「肥えた牛を食べて憎み合うよりは/青菜の食事で愛し合う方がよい。」

この御言葉を読みながら、今朝テレビで見たご家族を思いました。お母さんの言葉でこんな言葉もありました。

「家族で互いだけを向き合っていた時には怒りや失望しか湧き上がらなかった。けれど、そんなに無理して向き合わなくていいんだと思うようになった。」

その言葉を聞いたある人が、「お互いを向き合わなくなった代わりに、一緒に飼育ケースの虫たちを見つめるようになったんですね」と話していました。お話を聞きながら、大切なことだなと思いました。互いだけを見つめるのではなく、一緒に同じ方向に向き、同じものを見つめる…。私たちは信仰を通して、そのように招かれているのだと思います。同じ信仰でもって、イエス様を見つめることで、一緒に同じものを見つめることができるのです。そのことが、私たちの歩みをイエス・キリストにある祝福の食卓の世界へ整えてくれるのです。               

          鈴木牧人

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