本日のローズンゲンの御言葉です。
「主を迎えて。主は来られる、地を裁くために。主は世界を正しく裁き/諸国の民を公平に裁かれる。」詩篇98:9
「わたしは自分では何もできない。ただ、父から聞くままに裁く。わたしの裁きは正しい。わたしは自分の意志ではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行おうとするからである。」ヨハネ5:30
「おかげさまで、よく聞くことができました」
託児室で子どもたちの世話をしておられた方からの言葉です。このところ、託児室のスピーカーが上手く作動せず、託児室に入ると礼拝の音が聞こえないでいました。そんな中、今回、礼拝音源をBluetoothのスピーカーに飛ばし、音を出すことができるようになりました。お陰で託児室にいても、支障なく、礼拝の音を聞くことができるようになったのです。そうすることができたのは、野中先生の息子さんのTさんのおかげです。Tさんにはこれまで色々お世話になってきました。姪浜教会の音響設備を買い変えなければならない時、一から相談に乗ってくださり、購入機材を教えてくださったのは、Tさんです。先日、鳥栖教会で新会堂の献堂式が行なわれた際、久しぶりにTさんにお会いすることができたので、その時に、託児室の音響設備について相談しました。すると、後日、揃えるべき機材を教えてくださったのです。早速購入し、試してみたところ、託児室で音源を流すことができました。Tさんのアドバイスに心から感謝いたします。本日の箇所には、次のように記されています。
「わたしは自分では何もできない。ただ、父から聞くままに裁く。わたしの裁きは正しい。わたしは自分の意志ではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行おうとするからである。」
本日の箇所を読みながら、改めて、「わたしは自分では何もできない。ただ、父から聞くままに裁く」という言葉が心に留まりました。この御言葉を読む時、いつも思うのが、「イエス様でさえ、そうだったんだ」ということです。イエス様でさえ、自分では何もできず、神様に一つ一つのことを聞きながら、自分がなすべきことを選び取っていたんだなと思うのです。ましては、私たちはなおさらなんじゃないかと思います。私たちは「自分で何をなすべきかを知らない者」なのではないでしょうか。そんな中、私たちは自分の中に「わたしは自分では何もできない」ということを心に刻みながら、「神様、何をしたらいいか、何をなすべきかを教えてください」と祈ることから一つ一つのことを始めていくことができたらと思うのです。そんな私たちに神様は色々な出会いを与えてくださったり、出来事を与えてくださったり、御言葉から示してくださったりしながら、私たちのなすべきことを教えてくださるのです。今回の託児室の音響に関してもそう思います。託児室のスピーカーの音が出ないということは、しばらく前から悩みの種でした。このことを何とかしようと考えていたのですが、どうしたらいいか思いあぐねていました。そんな中、今回、Tさんと久しぶりに会うことができ、そこで適切なアドバイスを与えられ、問題を解決することができました。何より、Tさんに感謝なのですが、そのTさんとの出会いの背後に神様の取り扱いを思うのです。神様はそんなふうに私たちにその時々に必要な出会いを与えてくださり、私たちがなすべきことを指し示してくださいます。その神様に訊ね求めながら、聞き従っていく歩みが、私たちの信仰の歩みなのです。
鈴木牧人
