本日のローズンゲンの御言葉です。
「エルサレムと共に喜び祝い/彼女のゆえに喜び躍れ/彼女を愛するすべての人よ。彼女と共に喜び楽しめ/彼女のために喪に服していたすべての人よ。」イザヤ66:10
「イエスがオリーブ山の下り坂にさしかかられたとき、弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた。」ルカ19:37
本日の箇所には、次のように記されています。
「イエスがオリーブ山の下り坂にさしかかられたとき、弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた。」
この箇所は、イエス様がエルサレムに入城された場面です。イエス様はロバに乗って、エルサレムに入城する際、弟子たちはこぞって、神様を賛美し始めたのでした。弟子たちはこの時、「自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた」とありますが、具体的にどういったことを思い浮かべていたのでしょう。弟子たちはこれまでたくさんのイエス様の御業を目の当たりにしてきました。たとえば、本日の箇所では、イエス様がロバに乗って、エルサレムに入城していますが、ルカ19:28-36にはロバが与えられていった経緯が書かれています。イエス様が突然、「向こうの村へ行きなさい。そこに入ると、まだだれも乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる」(19:30)と言われて、「本当かな」と思って言ってみると、確かに言われた通りにロバがいました。イエス様に言われた通りをロバの紐をほどいていると、飼い主から「何やっているんだ」と言われてしまいます。ですが、「主がお入り用なのです」と言うと、飼い主はすんなりロバを貸してくれたのでした。その一つ一つが不思議な出来事でした。「自分の見たあらゆる奇跡」という時、弟子たちの中には、まずこのことを思い起こす弟子もいたかも知れません。19:1-10には徴税人の頭のザアカイの物語が記されています。ザアカイがイエス様と出会い、変えられていく様子に、人々はびっくりしたのだと思います。そんなザアカイの出来事を思い起こしながら、喜び、讃美していた弟子もいたかも知れません。ルカ18:35-43には、目の見えない人の癒しの奇跡が記されています。その出来事を思い起こす者もいたかも知れません。そのように「自分の見たあらゆる奇跡」という時、それぞれが色々なことを思い起こしていたのではないでしょうか。実際、弟子たちはこれまで、本当にたくさんの主の御業を経験してきました。そんな中、本日の箇所で「自分の見たあらゆる奇跡」という時、弟子たちそれぞれ自分たちが実際に経験した主の御業を、特別な思いをもって口々に「イエス様はこんな素晴らしいお方なんだ」「神様は確かに生きて働いておられる」と言って主を讃美したのではないかと思います。そんなふうに、神様を賛美できる者となりたいと思いますし、その賛美を忘れない者となりたいと思います。
ある年配の牧師が、「ぼくは、高校生の頃、イエス様の話に感動し、イエス様を信じようと思って、バプテスマに手を挙げた日の感動を忘れられません。その時の思いが今もあります」とおっしゃっていました。その話を聞きながら、私もそのような信仰に生かされていきたいと思いました。私たちが本日の場所にいて賛美するとしたら、どんなことを思い浮かべ賛美するでしょうか。
鈴木牧人
