「真理はあなたたちを自由にする」

ヨハネによる福音書8:31-38

今から20年以上前、当時、私が牧師をしていた福島の郡山に一人の女子青年が集うようになりました。お話を聞くと、その方は大学時代、仙台にあるミッション系の大学に通っていたそうで、その時に友人に誘われ、何度か教会に来られたことがあったそうです。ですが、その時は友だちに誘われ、付き合いで礼拝に集っていたという感じで特に彼女自身としては聖書に興味も持っていなかったそうでした。しかし、大学を卒業した後、地元である福島の郡山に帰ってきて、お仕事を始めていく中で、色々と人間関係なんかで悩むことが多く、どうしたらいいかと思う中で、その友だちから「教会に行ってみたら」と声をかけられたのだそうです。その方の一番近くにあったのが、私がいた教会でした。その方は熱心に礼拝や祈祷会に集うようになりました。個別の聖書の学び会も行なうようになり、彼女の口から出る言葉を聞く度に、彼女はすでにイエス様に捕らえられているんだなと感じるようになりました。ですが、「バプテスマを受けたいとか考えていますか」とお聞きすると、「迷っている」との返答でした。「どうして?」と聞くと、「自分がクリスチャンとしてやっていけるんだろうか。そもそも自分の家族にクリスチャンはだれもいない」とおっしゃっていました。それを聞きながら、私は「バプテスマを受けるかどうかは、あくまで、その人自身とイエス様との事柄です。色々な不安な思いも一緒に祈って、イエス様の導きを求めてみましょう。私も一緒に祈ります」と伝え、一緒に祈りました。その一週間後、彼女から「祈ったら、御言葉が与えられました」と言われました。その時、彼女が私に伝えてくれたのが、本日の聖書の箇所でした。
「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。」(ヨハネ8:31-32)
彼女は「この御言葉が与えられました。バプテスマを受けたいと思います」と話してくれました。そんなふうに話す彼女の表情が本当に嬉しそうで、穏やかでした。「バプテスマを受けたいけど、色々なことを考えると踏み出せない」これまでそのことに悩んでいた彼女にとって、この御言葉は彼女の思いを解き放つものだったと思います。職場でも色々なことに緊張しながら過ごしてきたんじゃないかとも思います。そんな彼女がイエス様との出会いの中で色々な思いからイエス様の御言葉を通して、色々な思いから解き放たれ、自由にされたのだと思います。まさに「御言葉は本当だ。御言葉に力がある。命がある」ということを実感させられた経験でした。
イエス・キリストに出会うことを通して、私たちが自由にされるということは、必ずしも私たちが置かれている状況が変わるとか、問題が何もかも解決するとか、私たちを縛り付ける煩わしいものから解き放たれるということばかりではありません。もっと豊かなものです。時に目の前の現状が困難の中にあっても、そのことに縛られることなく、向き合う力を与えられる…。それがキリストにあって、真理を知り、自由にさせられるということなのです。

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