本日のローズンゲンの御言葉です。

国々の空しい神々の中に/雨を降らしうるものがあるでしょうか。天が雨を与えるでしょうか。我々の神、主よ。それをなしうるのはあなただけではありませんか。我々はあなたを待ち望みます。あなたこそ、すべてを成し遂げる方です。エレミヤ14:22

その証しとは、神が永遠の命をわたしたちに与えられたこと、そして、この命が御子の内にあるということです。Ⅰヨハネ5:11

今週、月曜日から水曜日にかけて、広島に出かけていました。三日間にわたって快晴で、本当に暑かったです。広島の町を歩きまわりながら、知り合いの牧師と「このようなフィールドワークはそろそろ夏には行なえないかも知れないですね」と話し合ったりしたのですが、その一方、1945年から、80年の節目を迎えるこの年に、しかも8月6日を目前にして、広島に訪れることができたことは特別な意味があると思っています。原爆資料館から見た平和祈念公園には、たくさんのパラソルが建てられていました。8月6日の式典の準備のためなのだと思います。その日の式典の様子を思い浮かべながら、また、80年前の様々な出来事を心に刻みながら、公園内を歩きました。平和祈念公園の中には、原爆で犠牲に遭われた朝鮮人の人たちの慰霊碑が建っています。その慰霊碑の脇には、ムクゲの木があり、花を咲かせていました。ムクゲは、韓国の国花です。その花を見ながら思い出したのは、父のことでした。父は以前、通っている教会にムクゲの苗を植えていたそうです。その苗を植えながら、牧師に「日本のことだけではなく、海外のことも考えなければいけない。この花は韓国の花だ。もっと仲良くしなければいけない」と語っていたそうです。それ以降、ムクゲを見る度に、そのことを思い出します。本日の箇所には次のように記されています。

「国々の空しい神々の中に/雨を降らしうるものがあるでしょうか。天が雨を与えるでしょうか。我々の神、主よ。それをなしうるのはあなただけではありませんか。我々はあなたを待ち望みます。あなたこそ、すべてを成し遂げる方です。」

本日の箇所を読みながら、今週出かけてきた広島フィールドワークを思い起こしました。ここには「国々の空しい神々の中に/雨を降らしうるものがあるでしょうか」とあります。この言葉にあるようにイスラエルの人々は雨を切望していたのだと思います。そんな人々の「雨を切望する思い」について思いを巡らせながら、その姿が真夏の広島の町を歩きながら、真夏の日差しに参ってしまいそうになっている自分が重なって来るように思いました。そして、そんな「雨を切望する思い」に応えてくださるのは、神様にしかおられないように、「平和を切望する思い」に応えてくださるのは、神様しかおられないのだと思いました。そんなことを思いながら、「それをなしうるのはあなただけではありませんか。我々はあなたを待ち望みます。あなたこそ、すべてを成し遂げる方です」との言葉が心に迫ってきました。

本日から8月を迎えます。平和について考える時です。そんな中、「それをなしうるのはあなただけではありませんか。我々はあなたを待ち望みます。あなたこそ、すべてを成し遂げる方です」との言葉を心に刻みながら、共に平和を願い求めていくことができたらと思います。

鈴木牧人

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