本日のローズンゲンの御言葉です。
「しかし、主の御名を呼ぶ者は皆、救われる。主が言われたように/シオンの山、エルサレムには逃れ場があり/主が呼ばれる残りの者はそこにいる。」ヨエル3:5
「イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、ついて行ってはならない。」ルカ21:8
昨日の礼拝では、冒頭「福音書の成り立ち」についてお話をしました。新約聖書には、四つの福音書が記されています。最初に書かれたのが、マルコによる福音書で、紀元70年後半以降に書き記されたと言われています。何で、福音書というものが書かれることになったのでしょう。その理由は色々考えられますが、大きな一つとして挙げられるのは、この時代、イエス様が十字架にかけられ、復活され、天に挙げられてから数十年が経っていたからでした。この時期、段々と、実際にイエス様を見たり、イエス様の話を聞いたりしてきたという人たちがいなくなっていたのです。そういう状況の中、イエス様について、色々なことを言う人たちが出てきました。その中にはとんでもないことを言う人たちがいて、「イエスが肉体をもって、この地上に来られたなんて嘘だ」という人や、「弟子たちはイエスの幻を見ていたんだ」という人たちがいたりしました。そういう状況の中、「そうじゃないんだ」ということを語るために記されたのが、福音書でした。実際にこの地上で歩まれ、皆と同じように食べたり、寝たり、怒ったり、泣いたりしながら、イエス様は歩まれたんだということを証言しているのです。そのような「福音書の成り立ち」についてお話をしながら、それというのは、「今の私たちに問われていることなんじゃないだろうか」ということをお話しました。イエス様のことでさえ、70年経つと色々なことを言う人たちが出てきたのです。現在もそうなのではないでしょうか。今年、戦後80年を迎えますが、現在、実際にあの戦争を経験したという人が少なくなってきていると言われています。そんな中、おそらく、実際にその時のことを知っているなら、少しでも実感を伴うこととして考えることができるなら、「そんなバカな話があるか」というようなことを、平気で主張するということがあるのではないでしょうか。実際、「核保有すれば、問題は解決する。一番安上がりだ」というようなことを主張する人が国会議員として当然するということがありました。そんな様子を思います時に、本当にそのことを痛感させられるのです。この時代、私たちはちゃんと知らなければいけない、そして、伝えていかなければいけない言葉があるのではないでしょうか。
本日の箇所には、次のように記されています。
「イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、ついて行ってはならない。」」
本日の御言葉を読みながら、改めて、「福音書の成り立ち」や「戦後80年の課題」について考えさせられました。本日の御言葉にあるように、私たちは本当に気をつけていないと、イエス様の名を騙る者たちの声に騙されてしまうことがあります。そんなふうに、私たちの周りから聞こえてくる「そんなバカな話があるか」という言葉に惑わされてしまうのです。そのことをよくよくわきまえながら、きちんと聞くべき声に耳を傾け、知るべきこと、伝えるべきことを丁寧にしていくことができたらと思いました。
鈴木牧人
