本日のローズンゲンの御言葉です。
「なぜなら、主なるわたしが告げる言葉を告げるからであり、それは実現され、もはや、引き延ばされることはない。反逆の家よ、お前たちの生きている時代に、わたしは自分の語ることを実行する、と主なる神は言われる。」エゼキエル12:25
「聖書は、神が異邦人を信仰によって義となさることを見越して、『あなたのゆえに異邦人は皆祝福される』という福音をアブラハムに予告しました。」ガラテヤ3:8
本日の箇所には、次のように記されています。
「聖書は、神が異邦人を信仰によって義となさることを見越して、『あなたのゆえに異邦人は皆祝福される』という福音をアブラハムに予告しました。」
ここには、異邦人伝道についてのことが書かれています。当時、初代教会の人たちにとって、福音はユダヤ人たちのものであり、異邦人に福音が宣べ伝えられることなど、考えられないことでした。しかしながら、福音は徐々に異邦人たちにも宣べ伝えられていくようになっていきます。そんな中、パウロは自らを異邦人のための使徒と自認し、積極的に福音を宣べ伝えていきました(ローマ1:5)。そのようにして、異邦人伝道は広まっていくのですが、ここでパウロはそのような異邦人伝道について、「これは神様がアブラハムの時代から計画していたことなんだ」と語っているのです。イスラエル民族の祖となるアブラハムの時代から、神様は後に異邦人伝道がなされることを予告して、アブラハムにすでにそのことを語っているんだと言っているのです。本日の箇所を読みながら、改めて、御言葉の真実と奥深さについて考えさせられました。アブラハムに神様が語られた当時、神様がそんなことを予告して、語っておられたことなど、アブラハムは考えもしなかったのだと思います。アブラハムだけではなく、後に続くイスラエルの人々も、神様がお話になった御言葉の本当の意味など、分かっていなかったのだと思うのです。そんな神様の御言葉の意味が、アブラハムの時代から数千年後、パウロの時代にようやく明らかにされたのでした。よく、こんなことを分かちあっています。
「聖書の御言葉には真実が語られている。そのことを確信として持っていきたいと思う。けれども、もう一つ自分たちのわきまえとして覚えていきたいのは、その御言葉の真実を私たちは分かっているわけではないということである。だから、私たちは、常に自分自身に批判的な眼差しを持ちながら、聞き続ける姿勢を忘れないことが大事だ。そして、様々な課題に立ち止まらされる度に、今一度、聖書の御言葉から聞き直していく姿勢が必要だ。」
本日の御言葉を読みながら、改めて、そのことを思いました。聖書の御言葉は、私たちが思うより、もっと深く、豊かで、大切なメッセージを語っています。私たちは自分たちが聖書のメッセージを分かったような思いにならず、たえず、新たな思いで、聖書の御言葉に聞き続けていきたいと思います。その時、私たちはもっともっと豊かな御言葉との出会いをすることができるのだと思います。
鈴木牧人
