本日のローズンゲンの御言葉です。
「ユダの家の中で難を免れ、残った者たちは再び根を下ろし、上には実を結ぶ。」列王記下19:30
「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。」ヨハネ15:4
9月21日、壱岐教会に出かけてきます。今回の訪問では、I姉にも来ていただくことになりました。昨年、I姉とH姉と一緒に壱岐教会を訪れ、ピアノとバイオリンのミニコンサートを行ないました。壱岐教会の皆さんは、そのことを大変喜んでくださり、私が訪問する度に、「またぜひよろしくお願いします」とお願いされていました。今回、H姉は都合により、壱岐に行くことができなくなってしまいましたが、I姉は同行してくださることになり、礼拝の奏楽をしてもらうことになりました。壱岐教会では、毎週の礼拝をヒムプレーヤーで行なっているため、このように実際の演奏で礼拝できることを喜んでくださっています。今回の壱岐訪問が守られますように、ぜひお祈りください。
本日の箇所には、次のように記されています。
「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。」
この御言葉を読みながら、「つながっている」という言葉が心に留まりました。私たちの教会の壱岐教会への関わりが始まったのは、T牧師が壱岐教会に赴任してからでした。T牧師が姪浜教会で研修をされていたことから、壱岐教会へ関わりを持つことになりました。壱岐は長崎県になりますが、福岡地方連合に所属しています。フェリーで2時間、ジェットフォイルで1時間かかる場所です。そんな中、頻繁に行き来できる距離ではありません。私が壱岐に訪問したばかりの時には、よく壱岐教会の人から「壱岐は『海の孤島』です」と言われました。中々、他の教会との交わりがもてない状況から、そんなふうに思われていたのだと思います。そんな中、この間、姪浜教会を始め、城西教会、久留米教会、長住教会、福岡教会などを中心とした関わりが与えられてきました。伝道チームを作って、壱岐を訪問したり、オンラインによる合同礼拝を行なったりする中で、最近は「私たちは決して『海の孤島』ではないと分かりました」とおっしゃってくださるようになりました。海を隔てて、つながっていることを感じるとおっしゃってくださっているのです。そのような壱岐教会との皆さんとの関わりを思い返しても、私たちにとって「つながっている」ことがどれほど大事なことなのかと思います。
私たちがイエス様を思い、祈り、求め、イエス様とつながっていこうとしていく時、イエス様は「わたしもあなたがたにつながっている」と約束してくださっています。私たちはこのイエス様につながり、そして、お互いにつながり、歩んでいくのです。そのつながりが、私たちを助け、励まし、支えていくのだと思います。ぜひ、今回の訪問もそのような出会い、交わりが与えられたらと思います。
鈴木牧人
