本日のローズンゲンの御言葉です。
「主が、ユダの総督シャルティエルの子ゼルバベルと大祭司ヨツァダクの子ヨシュア、および民の残りの者すべての霊を奮い立たせられたので、彼らは出て行き、彼らの神、万軍の主の神殿を建てる作業に取りかかった。」ハガイ1:14
「わたしは、あなたの行いと労苦と忍耐を知っており、また、あなたが悪者どもに我慢できず、自ら使徒と称して実はそうでない者どもを調べ、彼らのうそを見抜いたことも知っている。」黙示録2:2
昨日ある方から電話がありました。県外に住んでおられ、現在、近くの教会を探しておられる方です。「行きたい」と思う教会はあるそうですが、電車などを使うと片道二時間ほどかかるため、近くの教会に通おうと考えているとおっしゃっていました。その方がこんなふうにおっしゃっていました。
「教会の礼拝でメッセージをいただくと、心に熱い思いが与えられるのですが、三日ほど経つと、そういう思いも失ってしまうんです。」
そして、こんなふうに続けました。
「仕事のことでもそうですが、今の世界の情勢を見ていく時、何とも言えない思いにさせられてしまいます。トランプやプーチン、ネタニヤフ、日本の首相のことなんかを見ても、色々なことがおかしんじゃないかと思って、本当に悩ましく思ってしまいます。」
お話を聞きながら、こんなことを話しました。
「今の時代を見ていくと、本当に複雑な思いにさせられます。心沈んでしまいそうになることもありますし、『おかしい』と思うこともあります。ですが、『おかしい』と思うことを『おかしい』と思うことができることも大事だと思います。そういう感覚さえ、無くなってしまうことだってあります。ぜひ、私たちなりに大事にしていきたいことを見失わずに努めていくことができたらと思います。そのためにも、教会に繋がっていけたらと思うのです。」
その後も色々な話をし、最後に「お祈りをしてください」と言われたので、一緒にお祈りをしました。本日の箇所には、次のように記されています。
「わたしは、あなたの行いと労苦と忍耐を知っており、また、あなたが悪者どもに我慢できず、自ら使徒と称して実はそうでない者どもを調べ、彼らのうそを見抜いたことも知っている。」
ここには、エフェソ教会に対して、イエス様が呼びかけておられる言葉が記されています。エフェソ教会は、様々な困難に置かれていました。彼らの周りには「自ら使徒と称して実はそうでない者」もいました。しかし、そんな人々に対しても、惑わされることなく、冷静にうそを見抜いていったのでした。本日の御言葉を読みながら、昨日の電話の言葉を思い出しました。聖書の時代と今とは状況は全く違っていますが、様々な悩みや迷いを通らされながら主を見上げようとしていく点では同じではないでしょうか。共に祈りあい、励ましあいながら、主を真っ直ぐに見上げようとしていけたらと思います。
本日の祈祷会もそのような時となればと思います。本日から詩編119篇を読み進めます。本日から6回に分けて、詩編119篇を読みます。本日は119:1-32です。都合で祈祷会に来られない方も、共に、この聖書の箇所を読み、祈りを合わせていただけたらと思います。
鈴木牧人
