本日のローズンゲンの御言葉です。
「『もう去らせてくれ。夜が明けてしまうから』とその人は言ったが、ヤコブは答えた。『いいえ、祝福してくださるまでは離しません。』」創世記32:27
「そのとき、イエスに手を置いて祈っていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。」マタイ19:13
本日の箇所には、次のように記されています。
「『もう去らせてくれ。夜が明けてしまうから』とその人は言ったが、ヤコブは答えた。『いいえ、祝福してくださるまでは離しません。』」
これは創世記に記されている「ペヌエルでの格闘」の一節です。ヤコブが独り、川のほとりで寝ている時、突然何者かと格闘することになりました。やがて夜明けになり、その人は去ろうとします。しかし、ヤコブは相手を去らせようとしませんでした。結果、ヤコブはその人から「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と人と闘って勝ったからだ。」(32:29)と宣言されたのです。ヤコブは知らない間に神と格闘し、勝ったのでした。
この箇所を読む時、『フォレスト・ガンプ』という映画のエピソードを思い浮かべます。主人公のガンプは大学卒業後、志願兵として、ベトナム戦争に参加しました。そこでババという友達ができます。二人は泥沼の戦争に幻滅しながら、将来の夢について語りあいます。ババの夢は、将来、故郷でエビ漁を行なうことでした。ババは戦争で亡くなってしまいます。ガンプはババの意思を継ぎ、ババの故郷でエビ漁を行うことにしました。そこに戦地でガンプたちの上官だったダンが加わります。ダンは戦争で負傷し、半身不随になっていました。この時、ダンを助けたのが、ガンプでした。しかし、ダンは、ガンプに文句ばかり言っていました。ダンの家は代々軍人で、彼の願いは、戦地で勇敢に戦って名誉の戦死を遂げることだったからです。彼は自分の人生に失望していました。そして、そのやりきれない思いを神様にぶつけていました。ガンプはダンと一緒にエビ漁に出かけましたが、中々、成果があがりません。そんなある時、二人を激しい嵐が襲います。ガンプは嵐に助かろうと必死でしたが、ダンは船のマストの上で神に叫びました。「神よ、俺はそんなもの恐くない。俺は逃げも隠れもしないぞ。さあ、俺を倒してみろ」。二人は何とか嵐を越えることができました。そして、その漁は未だかつてない大漁でした。後に知らされたのは、その夜、彼らを襲った嵐によって彼ら以外の全ての船沈んでしまったことでした。ダンたちは嵐の中神に守られていたのです。映画のナレーションはダンはこの日を境に「神様と仲直りすることが出来たみたいだ」と語るのです。
この時のダンの姿とヤコブの姿が重なってきます。ヤコブは無我夢中になって神様と格闘し、勝とうとしていましたが、実はそんなヤコブは終始、守られ、生かされ、神様はヤコブに負けてくださったのです。ですが、ヤコブは神様に勝利したと言いながらも、神様の様々な取り扱いの中で、神様に捕らえられていくのです。ダンやヤコブは時々の私たちかも知れません。私たちは時に、どこまでいっても頑なで、神様を素直に受け入れられず、神様に抗い続けているようなことがあるかも知れません。そんな私たちを、神様は、ダンのように、ヤコブのように取り扱いながら、一方的な恵みのもと、神様の御手に捕らえてくださるのです。
鈴木牧人
