「五つのP(Polarization、Populism、Protectionism、Post-truth、Patriarchy)」
ヨハネ15:9-12
昨年、ニカイヤ信条が採択されて1700年を記念する式典が行われました。その中で「五つのP」ということが話し合われたそうです。この「五つのP」は、今の時代、この世界の中で大きく問われている課題だということでした。一つ目のPは、「Polarization(分極化)」です。対立する二つの勢力や立場にどんどんと分かれてしまう状況を指します。二つ目のPは、「Populismポピュリズム」です。ポピュリズムは大衆の利益を安易に追求する傾向にあります。結果、その時その時の風潮や空気感、声に流され、その中で、立場の弱い人や声を挙げられない人がどんどん取り残されてしまう社会になってしまうことがあるのです。三つ目のPは、「Protectionism(保護主義)」です。輸入の制限や関税などによって自分たちの国の産業を保護しようとすること、また、そのような考えや立場のことです。自国優先、自分たちのことだけ、そんな考えになってしまう考え方に警告を発しています。四つ目のPは、「Post-truthポストトゥルース」のPです。「真実」「事実」、客観的にそう判断できることより、感情的、個人的な意見が優先される状態を指します。五つ目のPは、「Patriarchy(家父長制)」です。私たちがこの「五つのP」に無自覚に流されてしまう時、どうなってしまうのでしょうか。「分極化」に流されてしまう時、私たちはどんどんと自分たちと異なる立場、勢力の人たちと対話ができなくなってしまいます。「ポピュリズム」に流されてしまう時、私たちは目の前の複雑な現実の課題に対して誠実に対応することができなくなっていきます。乱暴に物事に対して、「こうだ」と決めつけたり、周りから聞こえてくる情報をきちんと確認することもなく、鵜呑みにしてしまうのです。「保護主義」に向かう時、私たちは排外主義に向かっていきます。「ポストトゥルース」に向かう時、私たちは感覚的に自分が好きなもの、自分が共感できるもの、自分の都合のよいものばかりに耳を傾け、受け入れていくことになっていきます。「家父長制」は、差別や支配の構造の根幹にあるものだと言われています。この問題がそのままにされていく時、差別や支配の構造を温存させ続けることになるのです。今の時代、私たちはこれらの課題にどう向き合い、歩むのかが問われているのです。
イエス様は「世があなたがたを憎むなら、あなたがたを憎む前にわたしを憎んでいたことを覚えなさい」(15:18)と言われました。それは、私たちがこの世界の人たちにとってみれば、「身内」に思えないからでした。自分たちと同じような考え、自分たちと同じような価値観を持つならば「身内」に思えるのですが、そうではないから、疎まれたり、嫌われたり、憎まれたりするのだというのです。「五つのP」のことを考えたりする時にもそう思います。私たちは「五つのP」が広がっていく世界の中で、それが「良い」とは思えないのだと思います。対話をしなくなっていく状況に対して、色々な課題を乱暴に「それはこうだ」と決めつけてしまおうとする状況に対して、「本当のこと」が平気で歪められてしまう状況に対して、支配や差別が無くならない状況に対して、違和感を覚えるのではないでしょうか。イエス・キリストの愛を真ん中に置いて歩もうとする時、そうなるのではないかと思います。
※ニカイア信条は、キリスト教における基本的な信条。325年、ニカイアで開かれた第一回公会議において採択された。
