本日のローズンゲンの御言葉です。

「あなたは、人が自分の子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを心に留めなさい。」申命記8:5

「聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。」Ⅱテモテ3:16

アメリカの心理学者であるウィリアム・ジェームズが語った有名な言葉があります。

「心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。」

私たちがまず心を変えていくこと、そのことが結果として私たち自身の人生を変えていくんだというのです。先日、Iさんという方と聖書の学びを行ないました。その中で「かいしん」について話しました。私が「Iさんは『かいしん』という言葉を聞いて、どう書きますか」と尋ねると、Iさんは「『改める心』と書きます」と答えました。そこで、「聖書で『かいしん』と書く時は『回る心』と書くんですよ」とお話しをしました。

「心が回ること、心の向きが変わることが大事なんです。心を改めようと思っても、心が同じ方向を向いていては、同じ結果になってしまいます。そうではなく、心が別の方向を向いていくこと、そこから私たちの新しい人生は始まっていくのです」

そのようなやり取りをしました。ウィリアム・ジェームズが語った「心が変われば」という話と、「回心」という言葉は、どこか通じるところがあるのではないでしょうか。

本日の箇所には、次のように記されています。

「聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。」

本日の御言葉を読みながら、「回心」という言葉や、ウィリアム・ジェームズの話を思いました。私たちの心が変えられていくのは、何より、聖書の御言葉に出会い、取り扱われていくことによってなのだと思います。御言葉を通して、私たちは、心の向きを変えられ、行動が変えられ、習慣が変えられていくのです。そんなふうに、変えられても、再び心の向きがおかしな方向を向かってしまうこともあるかも知れません。しかし、その都度、御言葉に出会いながら、新たに心の向きを変えられていくのです。根っこの部分では、いつまでも変わらない私がいたり、迷ってばかりの私がいたりするのですが、その都度軌道修正をさせられながら、歩んでいくことができるのだと思います。いずれにしても、御言葉に出会い、取り扱われていくこと、そこから私たちの一歩一歩を始めていくことができたらと思います。

鈴木牧人

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