本日のローズンゲンの御言葉です。

「わたしたちの神、主は先祖と共にいてくださった。またわたしたちと共にいてくださるように。わたしたちを見捨てることも、見放すこともなさらないように。」列王記上8:57

「イエスは、近寄って来て言われた。『わたしは天と地の一切の権能を授かっている。』」マタイ28:18

 昨日、個別の聖書の学び会が行いました。その中で創世記2:18の御言葉を分かちあいました。

「主なる神は言われた。『人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。』」(創世記2:18)

この御言葉は、神様が、世界を創造され、最初の人アダムを創造された時におっしゃった言葉です。神様は世界を創造された時、繰り返し、おっしゃった言葉があります。それは「良い」という言葉です。ですが、天地創造の記述の中で、ただ一つ「良くない」と言われたことがありました。それが「人が独りでいるのは良くない」ということでした。神様は最初の人アダムをお創りになった際、その様子をご覧になられ、「独りでいるのは良くない」と言われたのです。この言葉は単にアダムに対して言われている言葉ではないのだと思います。今も神様は私たちをご覧になられて、やはり「人が独りでいるのは良くない」と呼びかけておられることがあるのではないでしょうか。私たちは、しばしば、この「良くない」方向に向かってしまう、迷い出てしまうのです。そんな中、ぜひ、この神様からの呼びかけを心に刻んでいきたいということを分かちあいました。創世記2:18で、神様は、この時、アダムにエバを「共に歩む者」「助ける者」としてお与えになりました。私たちにも同様に「共に歩む者」「助ける者」をお与えになっています。家族だったり、友人だったり、教会の兄弟姉妹だったり、色々な交わりを思い浮かべるかも知れません。しかし、何より、神様が私たちにお与えになってくださった「共に歩む者」「助ける者」はイエス・キリストです。イエス・キリストこそ、どんな時も私たちと共にいて、私たちを助け、支えてくださっているのです。本日の箇所には、次のように記されています。

「わたしたちの神、主は先祖と共にいてくださった。またわたしたちと共にいてくださるように。わたしたちを見捨てることも、見放すこともなさらないように。」

本日の御言葉を読みながら、昨日の聖書の学び会のことを思い出しました。私たちは、ともすると自分が独りであるかのように思ってしまうことがあります。自ら、独りのほうがいいと思ってしまうこともあります。独りになりたいことは誰しもあるのだと思いますし、時々にそうするのは問題ないことかも知れません。むしろ、そうしたほうがいいこともあるかも知れません。ですが、そんなふうに独りだけの世界に閉じこもってしまうことがやっぱり良くないのだと思います。私たちも本当はそれを望んでいないのだと思います。ですが、私たちはそういう方向にいつのまにか、向かってしまうということがあるのです。私は自分自身のこととして、そんな自分がいることを痛感します。よくよく注意していないと、ついそういう方向に向かってしまい、迷いでてしまうのです。そんな中、創世記2:28の神様からの呼びかけを覚えていたいと思います。そして、私たちをどんな時も見捨てることも、見放すこともなさらない「共に歩んでくださる方」「助けてくださる方」がおられることを覚えていたいと思います。それこそ、インマヌエル(神我らと共にいます)の神であるイエス・キリストです。

鈴木牧人

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