「あなたがたは心から喜ぶことになる」

ヨハネ16:16-24

信仰の学びをする方とよくお話することがあります。それは「神様に期待する信仰を大切にしましょう」ということです。私たちがどれだけ聖書を通して、神様のことを知ったとしても、真面目に信仰生活を営んでいたとしても、「神様に期待する信仰」というものがなければ、力を失うのだと思います。私たちの信じる神様は、私たちを誰よりも愛し、私たちのことを思い、私たちの最善の道へと私たちを導こうとしてくださっています。この神様に信頼し、期待し、感謝し、喜んでいく…。その信仰を大切にしていきたいと思うのです。
本日の箇所には「ところで、今はあなたがたも、悲しんでいる。しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる」(16:22)と書かれています。目の前の状況としては、悲しんでいる状況があるかも知れないけれど、やがて「あなたがたは心から喜ぶことになる」と言われたのです。イエス様はここでイエス様は弟子たちを「神様に期待する信仰」に招かれているのだと思います。
 弟子たちはこのイエス様からの呼びかけをどんなふうに受けとめたのだろうかと思います。弟子たちはこのイエス様から言葉を真っ直ぐに受け止められなかったかも知れないと思います。何というのでしょう。こんなふうに言われても、「よく分からない」「実感が湧かない」という感じだったのではないでしょうか。三月に静岡の東山荘で全国こひつじ会キャンプが行なわれました。私たちの教会からは二名の男の子が参加しました。その子たちには前から「こひつじ会キャンプというのがあるんだよ。とっても素敵なキャンプだよ」ということを話していました。ですが、子どもたちからすれば、福岡から静岡に出かけるということは、大きなチャレンジですし、こちらがいくら「素敵なキャンプだよ」と語ってもどこか実感も分かない部分もあったのではないかと思います。参加してくださいましたが、正直、行ってみるまでは不安な思いも少なからずあったんじゃないかと思います。ですが、実際に参加して帰ってきた時には、本当に嬉しそうでした。「楽しかった。来年もぜひ行きたい」と言っていました。その様子を見ながら、送り出して良かったなと思ったのですが、そんな子どもたちの姿から、「こういうことってよくあるんじゃないか」と思いました。自分が経験するまでは、周りの人から色々言われてもよく分からないのですが、実際に踏み出し、色々経験する中で、ようやく分かることがあるのです。
本日の箇所もそうだったのではないでしょうか。イエス様から、「あなたがたは心から喜ぶことになる」と言われても、弟子たちとしては、よく分からないですし、実感も湧かなかったのではないでしょうか。私たちにはそういうことがあるのだと思います。ですが、そんな中、子どもたちの姿から学んでいきたいと思います。私たちには分からないかも知れませんが、イエス様のもとには溢れる喜びがあるのです。そのような喜びを味わい知る者とされていくことができたらと思います。そのためにも呼びかけに応え、踏み出すことから始めていきたいと思います。そうする中で知らされること、分かってくることがあるのです。

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