本日のローズンゲンの御言葉です。
彼らはシオンへの道を尋ね/顔をそちらに向けて言う。「さあ、行こう」と。彼らは主に結びつき/永遠の契約が忘れられることはない。エレミヤ50:5
だから、あなたがたは、力を尽くして信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には信心を、信心には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。Ⅱペトロ1:5-7
本日の箇所には、次のように記されています。
「だから、あなたがたは、力を尽くして信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には信心を、信心には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。」
この御言葉を読みながら、色々なことを考えさせられました。そんな中、信仰の歩みは様々な形で成長させられていく歩みなんだろうなと思いました。まず、ここで「力を尽くして信仰には徳を(加えなさい)」とあります。「徳」について、辞書には「社会通念上よいとされる、人間の持つ気質や能力のこと」とあります。そのように、聖書は、私たちに主を見上げる信仰者として、この社会に対して誠実に仕え、社会通念上、よいと受け止められるような気質や能力を備えることができるよう務めなさいと呼びかけるのです。ですが、それだけではありません。聖書はさらに「徳には知識を(加えなさい)」と呼びかけているのです。そのように社会に対して、よいと思われるような人となることを呼びかけますが、時に表面ばかりを繕うようになったり、周りから評価されようとすることばかりに心が向かったり、結果、自分のことしか見れなくなってしまうこともあるのではないでしょうか。そんな中、きちんと「知る」ことを大事にしなさいと呼びかけるのです。そして、そのように様々なことを知る上で、さらに「知識には自制を(加えなさい)」と呼びかけています。そのように色々なことを知り、自分自身をも学ぶことで、自分をきちんとわきまえる者となるように呼びかけるのです。そのことの先に「自制には忍耐を、忍耐には信心を、信心には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい」と呼びかけています。
そのように本日の箇所を読みながら、様々なことの先に「加えなさい」と言われている言葉が印象に残りました。私たちはそのように信仰を与えられ、歩み始めていく中で、様々な出会い、出来事を経験しながら、一つ一つ成長させられていくんだなと思いました。イメージとしては、小さな子どもが大人たちの手伝いをし、ほめられたりしていくことから始まり、そこから色々なことに関わりながら、色々な知識を身につけるようになっていったり、自制するようになっていたり、忍耐することを覚えたりするような姿と言えるかも知れません。そんなふうに、私たちは主を信じ、従っていく歩みの中で色々な出会い、経験をさせられながら、それらのことを通して、豊かに成長させられていくのだと思います。私たちが向き合わされている今の一つ一つのことも、そのような成長に繋がっていくことができたらと願いつつ、主に従っていくことができたらと思いました。
鈴木牧人
