本日のローズンゲンの御言葉です。
「仰せを受けてわたしは喜びます/多くの戦利品を得たかのように。」詩編119:162
「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。」マタイ13:44
先週の土曜日、執事会の中で、一人の方がこんなことをおっしゃっていました。
「ぼくは、なんだかんだ言っても、教会が好きなんですよね。」
その言葉を聞きながら、こういう思いを大切にしていきたいなと思いました。教会というのは、『どんな賜物を持っている』とか、『何ができる』とかいうことより、『教会が好き』という人々の思いの中で建っていくのだと思うのです。
本日の箇所には、次のように記されています。
「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。」
ここに記されているのは、イエス様が語られた『畑の中に隠された宝』を見つけた人のたとえです。イエス様は『天の国とはこのようなものなんだ』と言われました。畑の中にあるということは、表面的にはそれが見えないということなのだと思います。でも、この宝を見つけた人は知っているのです。
「この場所は周りの人から見れば、ただの畑に過ぎないかも知れない。けれど、ここには素晴らしい宝物が隠されているんだ!」
そのような思いを持ちながら、この畑に秘められた宝を何とか得ようとしていくのです。そして、それというのは「教会が好き」ということにも繋がっているのだと思います。周りからは分からないかも知れません。表面的な部分だけを見れば、「何で、そんなことを大切にしているの?」と思われてしまうこともあるかも知れません。ですが、私たちは知っているのです。「周りの人には分からないかも知れない。けれど、ここには素晴らしい宝物が隠されているんだ!」そのような思いを持ちながら、主を慕い、主を求めていくのです。
鈴木牧人
