本日のローズンゲンの御言葉です。

「主なる神よ、あなたは神、あなたの御言葉は真実です。あなたは僕にこのような恵みの御言葉を賜りました。」サムエル記上7:28

「イエスは、御自分を信じたユダヤ人たちに言われた。『わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。』」ヨハネ8:31-32

本日の箇所には、次のように記されています。

「イエスは、御自分を信じたユダヤ人たちに言われた。『わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。』」

私が福島の郡山にいた時、教会に一人の女子青年が集うようになりました。その人は大学時代、仙台のミッション系大学に通い、何度か教会に行ったことがあるそうですが、その時は聖書に興味も持っていませんでした。しかし、大学を卒業後、郡山に帰ってきてお仕事をする中、人間関係なんかで悩むことが多く、「教会に行ってみよう」という思いにさせられたということでした。その方は熱心に礼拝や祈祷会に集うようになりました。個別の聖書の学び会も行なうようになり、彼女の言葉を聞く度に「すでにイエス様に捕らえられているんだな」と感じるようになりました。ですが、「バプテスマを受けたいとか考えていますか」とお聞きすると、「迷っている」とのことでした。「どうして?」と聞くと、「自分がクリスチャンとしてやっていけるんだろうかと思ってしまう」と言うのです。「そもそも自分の家族にクリスチャンはだれもいないし、バプテスマを受けると言えば、家族から色々言われるんじゃないかと思ってしまうんです」とおっしゃっていました。それを聞きながら、私は「祈りましょう」と言いました。「バプテスマを受けるかどうかは、あくまで、あなたとイエス様との事柄です。そこに他の人が立ち入ることはできません。ですから、色々な不安な思いも一緒に祈って、イエス様の導きを求めてみましょう。私も一緒に祈ります」。彼女は「分かりました」と言いました。一週間後、彼女から「御言葉が与えられました」と言われました。その時に彼女が語っていたのが、ヨハネ8:31-32の御言葉でした。「この御言葉が与えられました。バプテスマを受けたいと思います」と話していました。そんなふうに話す彼女の表情が本当に嬉しそうで、穏やかでした。「バプテスマを受けたいけど、色々なことを考えると踏み出せない」これまでそのことに悩んでいた彼女にとって、この御言葉は彼女の思いを解き放つものだったと思います。職場でも色々なことに緊張しながら過ごしてきたんじゃないかとも思います。そんな彼女がイエス様との出会いの中で色々な思いからイエス様の御言葉を通して、色々な思いから解き放たれ、自由にされたのです。まさに「御言葉は本当だ。御言葉に力がある。命がある」ということを実感させられたような経験でした。

この箇所を読む度にその時のことを思い出します。改めて、本日の御言葉を読みながら、私たちがイエス様に出会う時、その出会いによって、私たちは真理を知らされ、そのことを通して、それまで私たちを縛り付けていた色々なことから、解き放たれ、自由にさせられていくのです。共にその信仰に生かされていきましょう。                                

   鈴木牧人

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Translate »