本日のローズンゲンの御言葉です。
「わたしは苦難の中から呼び求めるあなたを救い/雷鳴に隠れてあなたに答え/メリバの水のほとりであなたを試した。」詩編81:8
「しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、「『主よ、助けてください』と叫んだ。イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、『信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか』と言われた。」マタイ14:30-31
本日の箇所には、次のように記されています。
「しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、『主よ、助けてください』と叫んだ。イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、『信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか』と言われた。」
この箇所は、ガリラヤ湖での出来事です。ある時、イエス様は弟子たちをガリラヤ湖の向こう岸へと舟で行かせました。ところが、舟がガリラヤ湖を渡っている間に嵐がやって来ます。弟子たちの中にはペトロやヨハネなどの漁師もいましたが、彼らでさえどうすることもできないほどでした。その嵐に悩んでいたところ、イエス様が湖の上を歩いて弟子たちに近づいてこられたのでした。弟子たちは最初、それが「幽霊だ」と思い、驚きましたが、やがて自分たちに近づいてこられたのがイエス様だと気づかされると、弟子のペトロが「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」(マタイ14:28)と言ってお願いをしたのでした。イエス様が「来なさい」(14:29)と言われたので、ペトロは湖の上を歩き出します。しかし、ペトロは最初、イエス様を見ていたはずだったのですが、ふと周りの嵐に心が奪われます。すると、突然、ペトロの心は恐れでいっぱいとなり、そのまま、湖の中をズブズブと沈み込んでいってしまうのでした。イエス様はそんなペトロに手を差し伸べ、助けてくださいました。
本日の箇所を読みながら、改めて、私たちの人生について考えさせられました。私たちの人生は、いつも盤石で、全てが整えられ、備えられて、「これなら、大丈夫だろう」と安心できるような状況の中、踏み出していくということばかりではないと思います。むしろ、色々なことを考える時、不安や心配事があったり、自分の足では立てないように思えるような状況があったりするのだと思うのです。しかし、そのような中にあって、私たちはイエス様に信頼し、頼みとし、イエス様の呼びかけに応えて、湖のような不安定で、自分の背丈では立てないような場所を歩みだしていくのです。それが私たちにとっての信仰なのだと思います。私たちはこの信仰によって、不安や恐れが渦巻く人生にあって、一つところに立つことができるのです。ですが、その一方、イエス様を見失い、周りのことばかりに心を奪われてしまうと、自分の立ち位置を見失い、すぐにズブズブと沈み込んでしまうことがあります。私たちが歩むためには、何より、イエス様から目をそらさないことが大切です。ですが、その一方で覚えていたいことがあります。私たちは時に、イエス様を見失い、周りのことび心奪われてしまいそうになることもあります。しかし、そのような時、イエス様は、そんな私たちに手を差し伸べてくださっているのです。そのイエス様に支えられながら、助けられながら、その都度、自分を取り戻しながら、私たちはそれぞれの人生を歩んでいくことができるのです。
鈴木牧人
