本日のローズンゲンの御言葉です。

「その御業はまこと、その道は正しく、驕る者を倒される。」ダニエル4:34

「わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。」マタイ11:29

本日の箇所には次のように記されています。

「わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。」

ここで言われている「軛(くびき)」とは、当時の家畜が農作業をしたり、荷車を引く際に用いられた道具です。テレビなどで見たことがあるでしょうか。牛などの家畜が二頭横並びになって、荷車を引いたり、あるいは田畑を耕していたり…。その時、二頭の家畜を繋いでいた横木のことを、「軛(くびき)」と呼びます。この二頭の家畜は、まさに一心同体のように見えます。ですから、くびきで繋がれた二頭の牛のことを「1くびきの牛」(サムエル上11:7)と呼んだりしました。

本日の箇所で、イエス様がお話になった「わたしの軛(くびき)を負いなさい」とは、そのことをイメージして語られています。二頭の家畜がくびきによって繋がれ、荷車を引いたり、田畑を耕したりするように、私たちがイエス様と繋がれ、一緒になって、一つの荷を背負っていくこと、一つの働きを担っていくことが言われているのです。まさにここに私たちの招かれている福音があるんだなと思います。誰しも、荷物を負うことはしんどいです。ですが、私たちはもはや、その荷物を自分一人で背負わなくていいのです。私たちはその荷物をイエス様と一緒に背負っていくことが赦されているのです。その時、自分一人では負いきれなかった荷物を背負い、自分一人ではとても担えなかった働きにも向き合っていくことができるのだと思います。

本日、東日本大震災から9年が経ちます。震災から今日までの歩みを振り返ってみる時、つくづくこれまでの歩みを主が伴ってくださったんだなと思います。私たちだけでは負いきれなかったものばかりでした。しかし、主が共にいて、私たちの担えなかった荷物を共に負い、私たちを導いてくださったのだと思うのです。今もそうだと思います。目の前には様々な課題がありますが、私たちと伴ってくださる主がおられる…。その主の助けと支えの中で、私たちの歩みが守られているんだということを思うのです。大事なことは、その主に信頼し、主の導かれる導きに従っていくことだと思います。そのように一つ一つのことをしていきたいと思うのです。 (鈴木牧人)

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