「信じること、期待すること、愛すること」

Ⅰコリント13:8-13

本日の箇所には、私たちの周りのものは、やがて滅んだり、廃れたりしていくんだということが書かれています。預言や異言でさえも、やがて無くなったり、廃れたりしていく時が来る…。しかし、他のどんなものが滅び、廃れたとしても、決して無くならないもの、残るものがある…。それが信仰と希望と愛なんだと語られているのです。

本日は、2019年度、最初の礼拝です。私たちは、この一年どのような思いで、何を握って歩み始めるでしょう。私たちの周りには、色々なものがあります。しかし、多くのものは、時代の流れの中で、流行ったり、廃たり、移り変わっていくのだと思います。その中で決して変わらないものがあるし、最後まで残るものがある…。それがあるなら、大丈夫…。本日の箇所は、何より、そのようなメッセージなのだと思います。

信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る…。この御言葉は大変有名な御言葉です。これまで何度も御言葉を聞いてきたという人もいるのだと思います。しかし、実際の歩みの中で、私たちは信仰と希望と愛が残るんだと確信をもって受けとめているでしょうか。それよりこれらのものが儚いものであるかのように思っていないでしょうか。本日の箇所には「預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れ」ると書かれていますが、私たちとしては、信仰、希望、愛のほうが、よほど、儚いもの、頼りにならないもの、すぐに移ろい変わり、消え得せてしまうものに思えてしまうことがあったりするんじゃないかと思います。特に、今の時代というのは、そんなふうに思えてしまうことがないでしょうか。何を信じたらいいのか分からなくなってしまいそうになる時代です。目の前に起こる色々な出来事を見ていると、信じるということが分からなくなってしまいそうになることがあります。期待するということについてもそうです。期待して裏切られ、傷ついたり、疲れてしまったりする中で、「もう期待したって無駄なんじゃないか」と思えてしまうことはないでしょうか。愛についてもそうです。日々の歩みの中で、つい誰かを思いやるより余裕がなくなったり、誰かと関わることに傷ついたり、怖くなったりする…。そんな中で、愛が信じられなくなったり、分からなくなってしまうようなことがあるんじゃないかと思います。そんな中、信仰、希望、愛という言葉が儚いものに思え、それよりも、何も信じない、期待しない、愛さないことの方が賢明なんじゃないかと思えてしまうようなことさえあるかも知れません。しかし、そうではないんだと聖書は語るのです。どんなことがあっても、信じること、期待すること、愛することが滅びることはない…。信仰と、希望と、愛は、いつまでも残るんだと語るのです。これは聖書が語る真理の言葉です。同時に、この言葉は聖書が語る神様の約束の言葉でもあります。ですから、私たちは、私たちの知識や感覚で「これが残りそうだな」と思うからそう考えるのではないのです。神様が「これは残るんだ。必ず残すんだ」と約束してくださっていることなのです。そのように、私たちの感覚の話ではなく、御言葉の信実と約束のメッセージとして受け止めていきたいと思うのです。

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