本日のローズンゲンの御言葉です。

「わたしに尋ねようとしない者にも/わたしは、尋ね出される者となり/わたしを求めようとしない者にも/見いだされる者となった。」イザヤ65:1

「わたしたちは、人が義とされるのは律法の行いによるのではなく、信仰によると考えるからです。」ローマ3:28

昨日、車で出かけた帰りに、高速道路から福岡タワーの前を通りかかりました。福岡タワーでは、その時期ごとに様々なイルミネーションが映し出されているので、「今回は何かな」と思って見たところ、「TEL」の文字と電話番号らしき数日がイルミネーションされていました。いつもなら季節の様子をイルミネーションにしたり、クリスマスなどのイベントを映し出したりしているのですが、「変わったイルミネーションだね」と話しながら、そのイルミネーションを見ていました。「何か企業の宣伝かもね」などという話などをしていたのですが、気になったので、帰ってきて調べてみました。すると、イルミネーションの意味が分かりました。11月は児童虐待防止推進月間で、そのためのPRなのだそうです。児童相談所の虐待対応ダイヤルが「189」で、「イチハヤク」を意味しているとのことでした。「あなたの気付きは、子どもの希望」と書かれたポスターを見つけました。その「189」がイルミネーションで映し出されていたのです。「なるほどそういうことだったのか」と思いました。本日の箇所には、次のように記されています。

「わたしに尋ねようとしない者にも/わたしは、尋ね出される者となり/わたしを求めようとしない者にも/見いだされる者となった。」

この御言葉を読みながら、昨日の福岡タワーのイルミネーションや、「あなたの気付きは、子どもの希望」との児童虐待防止推進月間の言葉を思い出しました。現在、コロナの影響が様々な形で私たちの社会に影響を及ぼしていると言われています。経済や日常生活に支障が出ているということがありますが、同時にそのような言葉にならないフラストレーションが、家族の中で虐待という形で表れてしまうということがあるんじゃないだろうかと危惧する声を聞きます。虐待の被害の中、声を出せるにいる人たちが「尋ね出されること」「見いださせること」を切望しているということがあるかも知れません。そのようなことを思いながら、何よりもそのような一人一人を主が尋ね出され、見出され、主の取り扱いの中で救いへと導かれるようにと祈らされます。また、私たち一人一人もそのような声に気づける者とされていきますようにと祈らされました。

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