本日のローズンゲンの御言葉です。
神はなお、それを探り出されます。心に隠していることを神は必ず知られます。詩編44:22
最初の者にして、最後の者である方、一度死んだが、また生きた方が、次のように言われる。
「わたしは、あなたの苦難や貧しさを知っている。」黙示録2:8-9

昨日はインフルエンザで日曜日の礼拝をお休みしました。
礼拝中、何とか祈りを合わせることができないだろうかと週報を持ってきてもらって、牧師館から心を合わせていました。最初、礼拝音源をFM電波を受信できないか、あれこれと考えたのですが、うまく受信できませんでした。ですので、遠くの方でかすかにピアノや讃美の音を聞きながら、聖書の御言葉を読んだりして、心を合わせました。それらの音を聞きながら、思い出したのは、先週語っていた息子の言葉でした。息子はちょうど一週間前にインフルエンザだったのですが、日曜日に家で寝込んで礼拝を休んでいた時、「礼拝の時間、教会のみんなの様子が少しでも聞こえるかと思ってずっと耳を澄ませていたんだ」と語っていました。
今回、私が同じように礼拝を休むことになり、その時の息子の気持ちがよく分かったように思いました。
本日の御言葉には、次のように記されています。
「最初の者にして、最後の者である方、一度死んだが、また生きた方が、次のように言われる。
『わたしは、あなたの苦難や貧しさを知っている。』」
本日の御言葉を読みながら、「わたしは、あなたの苦難や貧しさを知っている」という言葉が心に留まりました。今回のインフルエンザでは、皆さんにご迷惑をかけてしまいましたし、色々と大変だったのですが、それでも自分なりに貴重な経験だったなと思うのは、体調不良等で教会に来れなくなってしまうとはどういうことなのか、久しぶりに経験したことでしょうか。
昨日は、私以外にも多くの方がインフルエンザなどの体調不良で礼拝をお休みされていました。その方々それぞれ、色々な思いで礼拝の時間を過ごしておられたんじゃないかと思います。私自身、礼拝に出席できない中、色々な思いを通されました。私がインフルエンザだということを知った一人の牧師先生が、LINEで日曜日の礼拝説教の原稿を送ってくださいました。
お礼のメールを送ったところ、こんな文章を寄せてくれました。
「牧人先生、牧師の日曜日のインフルは辛いですね。私も教会で下の礼拝堂から聞こえてきた讃美歌に涙がこぼれたこと思い出します 」文章を読みながら、その先生が私の状況を思いやってくださっている様子をひしひしと感じ、励まされる思いでした。本日の御言葉も、そんな励ましに満ちた御言葉なのだと思います。私たちが辛い時、しんどい時、イエス様は何よりその思いを知っていてくださっているのです。そのことはどんなに励まされることでしょうか。
私は順調に回復しています。皆さんのお祈り感謝いたします。           (鈴木牧人)

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