本日のローズンゲンの御言葉です。

「主の中の主に感謝せよ。慈しみはとこしえに。ただひとり/驚くべき大きな御業を行う方に感謝せよ。慈しみはとこしえに。」詩篇136:3,4

「言葉では言い尽くせない贈り物について神に感謝します。」2コリント9:15

本日の箇所には、次のように記されています。

「言葉では言い尽くせない贈り物について神に感謝します。」

この言葉を読みながら、「言い尽くせない」という言葉が心に留まりました。この言葉についてギリシア語を調べてみたところ、アネクディエーゲートスという言葉が使われていました。この言葉について辞典を調べてみたところ、この言葉と似た言葉として、アネクレイプトスという言葉が書かれていました。両方共、「言葉に言い表せない」という意味があります。ただ言葉の成り立ちが違っていて、アネクレイプトスは「口に出す」という言葉の否定形で、「言葉で表現することができない」という意味があります。これに対して、本日の箇所で使われているアネクディエーゲートスは、「詳しく、十分に物語る」という言葉の否定形で、「十分に語りきることなどできない」という意味です。これらの言葉を調べながら、ふと思い出したことがありました。それは以前、ある姉妹が語っていた言葉です。

その姉妹は本当にしんどい経験をしていました。教会に来たばかりの頃は、話す度に目に一杯涙を浮かべていたのですが、少しずつ色々なことが整えられてきました。

ただそれでも未だ、しんどい思いを抱えていたのですが、ある時、その姉妹がこのように言ったのです。

「今も色々しんどい思いがあります。ですが、いつかこのことさえ、自分の中で皆さんに証として語れる時がくるような気がするんです。」

その姉妹と「そうですね」と話しながら、一緒に祈りました。本日のアネクディエーゲートスの言葉について考えながら、その姉妹の言葉を思い出しました。私たちの歩みには、色々なことがあります。そんな中、迷ったり、悩んだり、未だ物事の渦中に立たされていたり…。そんな私たちがいたりするのだと思います。

そして、そんな私たちというのは、まさに「たくさんの神様の物語」の渦中を歩んでいるのではないでしょうか。そのような歩みの中、時に自分の中で整理できない色々な思いを抱えていることもありますが、その言葉では言い尽くせない思いをもそのまま、主の御前に差し出しながら、何より主に感謝することから始めていきたい…。本日の箇所を読みながら、そんなことを思いました。(鈴木牧人)

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