本日のローズンゲンの御言葉です。

「主は人の一歩一歩を定め/御旨にかなう道を備えてくださる。人は倒れても、打ち捨てられるのではない。主がその手をとらえていてくださる。」詩編37:23-24

「これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。」ローマ8:37

先日、K姉の葬儀が執り行われましたが、葬儀が行われる前、K姉の娘さんからお手紙を預かりました。K姉が姪浜教会宛てに娘さんに託しておられたお手紙です。昨日の礼拝で紹介しましたが、本日の御言葉メールでも紹介します。

「姪浜教会の皆さまへ

私は若い頃、あるきっかけから教会へ行くことになりました。教会は、建てられて二年位たった頃のようでした。その頃は若い方々も大勢いらっしゃって、活気に満ちあふれ、皆、元気で喜んで教会の奉仕や、その他の活動に、エネルギッシュに活躍されていたように思います。私が教会の玄関に一歩入ると、『よくいらっしゃいました。どうぞお入りください』と温かく笑顔で迎えて下さいました。私は生まれつき、心臓が悪く、自立できる大人になることはむつかしいと内心思っていました。その頃、どのように生きればいいのかと悩み続けていました。そうだ、教会なら、何か良い答えがあるのではと思い、やっと決心がつき、訪ねることにしました。教会に行きだして、礼拝の中で牧師先生の聖書の説き証しは、私にとっては驚くべきことが多く、学ばせられることが沢山ありました。自分自身でも聖書のみ言葉を読むごとに強く心に響いてくるものがありました。慰めや励ましと共に、明るい光がさしてくるような気がしました。こうして勇気や力を頂き、背中を強く押し出されるような気がしました。私は自分自身なりに歩み始めて生きていけるのではないかと思えるようになりました。教会に来て、若い人々と大いに語らい、共に生きる時に、今までにない、神と共なる生き方に、自信をもって生きれるような思いに導かれました。今、私は私なりの生き方を神様に導かれ、ここ姪浜での教会生活を通して、生きてこられたように思います。教会に繋がらせていただき、本当に感謝いたします。

今、現在、姪浜駅前に、立派な教会堂が建ち、十字架もかかげられ、多くの方々に覚えられる重要な存在になっているように思います。多くの方々がこの教会に繋がり、又、この教会を起点に、働き人として通っていかれた方々も大勢いらっしゃいます。長い間、教会は十分な働きをして来たように思います。又、今現在、ここで教会を支え、働かれている方々のご奉仕とご活躍により、教会としての働き、伝道や諸集会などよくなされているように思います。改めて感謝致します。

私も長い間、病いで教会をお休みしていますが、教会の牧師様をはじめ、皆様のご奉仕により、現在のコロナ禍の中で、週報や諸活動の内容、報告など届けて下さり、共に皆様と教会生活を送らせられていることに気づき、ありがたく思っています。本当に皆様からお世話を頂き、感謝しているところです。姪浜教会が神様からの大いなる恵みと祝福を受けつつ、更に実りある働きをつづけられていけますように祈ります。又、牧師様を始め、教会員のお一人お一人のことも神様からの恵みと祝福が豊かにありますようにお祈りさせて頂きたいと思っています。最後になりますが、感謝と共にありがとうございました。」

手紙の日付は2021年2月2日です。入院される直前に書いてくださったお手紙なんだと思います。お手紙を読みながら、繰り返し語られている「今」という言葉が心に迫ってきました。K姉が教会に初めて訪れてから、50年以上経った「今」改めて思うことを書いてくださったんだなということを思いました。 

本日の箇所には、次のように記されています。

「主は人の一歩一歩を定め/御旨にかなう道を備えてくださる。人は倒れても、打ち捨てられるのではない。主がその手をとらえていてくださる。」

本日の御言葉を読みながら、K姉のことを思いました。K姉のお手紙を読む時、まさにK姉の生涯は、主にとらえられた歩みだったのだと思います。K姉とこうして出会い、共に信仰生活を歩むことができましたことを感謝しつつ、K姉が私たち宛てに残してくださった証しの言葉を大切に心に刻んでいきたいと思います。

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