「血で染まった着物」

創世記37章29-36節

本日の箇所に記されている記述は、本当にとんでもない出来事です。ヨセフの兄弟たちが、ヨセフをエジプトに売り飛ばしてしまったことが記されているのです。ヨセフの兄弟たちは、ヨセフと穏やかに話をすることもできないほど、ヨセフに怒りや憎しみを募らせていました。そして、ついに彼らは、わざわざ自分たちを探しに遠くから来てくれたはずのヨセフを捕えて、穴に投げ込んでしまうのです。ヨセフは奴隷としてエジプトに売り飛ばされてしまいました。その後、ヨセフの兄弟たちはこのことを隠ぺいしようとします。何食わぬ顔で、ヨセフの着ていた服を父ヤコブに送り付け、自分たちが知らないところで、ヨセフが事件に巻き込まれでもしたかのように、「これを見つけましたが、あなたの息子の着物かどうか、お調べになってください」(37:32)と伝えるのです。ヤコブは、まさか、自分の息子たちがそんなことをしているなんて思いもしていませんでしたから、てっきりヨセフは野獣にかみ殺されてしまったんだろうと考えるのです。

読んでいるだけでも、とんでもない話だなと思ってしまいます。「何てやつらだ」ヨセフの兄弟たちに対し、そんな思いにさせられます。しかし、ヨセフの兄弟たちが、こんなにもヨセフを憎んだのは、これまで積もりに積もった痛み、悲しみがあったからでした。父ヤコブは、ヨセフだけを可愛がり、あからさまに特別扱いをしていました。父さんはヨセフだけを大事にしている…。その一方で、自分たちは何だ…。自分たちのことなんか、どうでもいいのか…。自分たちは父さんから愛されていないんじゃないか…。そういう痛みや悲しみがヨセフに対する怒りを募らせていたのです。その思いが爆発してしまったのが、この事件でした。そのことを思う時に、何とも複雑な思いにさせられます。

同時にヤコブのことを思っても複雑な思いにさせられます。ヤコブは本日の箇所でヨセフを失ってしまいました。誰よりもヨセフのことを愛していたヤコブにとって、その悲しみは計り知れないものだったと思います。しかも、それは事もあろうに自分の息子たちがしでかしたことでした。ヤコブはそのことをまだ知らないわけですが、自分の息子たちからこんなことをされ、欺かれてしまっている…。その様子を思います時に、ヤコブが可哀想だと思ってしまいます。しかし、その一方で思うのは、こんな事態を引き起こしてしまった原因は、ヤコブにあったということです。

そんなふうに、本日の箇所を読みながら、ヨセフの兄弟たち、ヤコブ、それぞれに、何をやっているんだと思いますが、同時に、そんな彼らはそれぞれ様々な痛みや悲しみを抱えていたのだろうなと思います。そして、そんな彼らの姿というのは、私たちも同じなんじゃないかと思います。私たちの目の前の世界も時に、心痛めるような様々な事件だったり、悲劇が繰り返されています。しかし、その背後には、それぞれがその背後にそれぞれの痛みや悲しみを抱えているのではないかと思うのです。そのように思う時、まさに本日の箇所には、今の私たちの世界に通じる痛み、悲しみの構図があるのではないかと思うのです。

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