5/30(月)公害問題特別委員会主催のオンラインの講演会が行なわれました。講師のアイリーン・スミスさんは、ご自身の体験を踏まえ、水俣の公害問題、原発事故に関する問題を話してくださいました。事前に配布された資料には、これら二つの事件を通して、企業や政府の対応の問題性として、共通している点を10の項目にまとめた資料などもありました。

①誰も責任を取らない、縦割り組織を利⽤する。

②被害者や世論を混乱させ、「賛否両論」に持ち込む。

③被害者同⼠を対⽴させる。

④データを取らない、証拠を残さない。

⑤ひたすら時間稼ぎをする。

⑥被害を過⼩評価するような調査をする。

⑦被害者を疲弊させ、あきらめさせる。

⑧ 認定制度を作り、被害者数を絞り込む。

⑨鎖国状態を作り、海外の情報を中に⼊れない。

⑩御⽤学者を呼び、国際会議を開く。

アイリーンさんのお話を聞きながら、改めて、この時代にあって、目の前の一つ一つの事柄をきちんと見抜いていくことの大切さを思いました。そうでないと、いつのまにか問題の本質が見えなくなってしまったり、周りに流されてしまうことがあるんじゃないだろうかと思いました。講演の後、質疑応答の時間があり、一人の女子高生がこんな質問をしていました。

「少し前に、授業の中でディベートをする時間があり、その中で原発に対して、賛成派か反対派かを話しあう時がありました。その時に自分は反対派についたのだけれど、クラスの大勢の子たちが原発賛成派についていました。その様子を見て、『周りの子たちはそんななのか』とショックでした。」

その言葉について、アイリーンさんはこんなふうに答えていました。

「政府の方針は様々な形で発信されるから、何も問題意識ももたないで普通に生活していれば、その情報に影響されるのは無理もないことです。なので、本当に大切な情報は、きちんと意識して知ろうとしないと分からないと思います。本当のことを知りたければ、ちゃんと調べて知ろうとすることが大事だと思います。ですが、その一方、情報を発信する私たちも問われていると感じています。もっと若い人たちに届く形で情報を発信しなければいけないといつも考えさせられています。」

そのやり取りに対しても「本当にそうだな」と思いました。原発のことについても、まずきちんと知ることの大切さを思います。恥ずかしながら、私自身、原発事故を経験するまで、原発のことをほとんど知りませんでした。そんな中、原発に賛成ではありませんでしたが、その問題性もよく分かっていなかったように思います。そんな自分を思いながら、きちんと知ることの大切さを実感しています。同時に、原発事故の当時、福島にいた者として、そこでのことをきちんと伝えることの大切さをも思いました。

本日のローズンゲンの御言葉には、次のように記されています。

「なぜなら、わたしたちは皆、キリストの裁きの座の前に立ち、善であれ悪であれ、めいめい体を住みかとしていたときに行ったことに応じて、報いを受けねばならないからです。」

本日の御言葉を読みながら、改めて、今、この時代にあって、私たち一人一人がどう生きるかが問われているんだなということを思いました。私たち一人一人の歩みを主はご覧になられ、いつの日か、私たちはキリストの裁きの前に立ち、そのことが問われる時が来る…。そのようなことを本日の御言葉から改めて思わされました。何が善で、何が悪なのかは、最終的に私たち自身が判断しなければならないことなのだと思います。ただそのことを考えるにあたって、アイリーンさんが言われるように、まずちゃんと知ることから始めていけたらと思います。

鈴木牧人

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