本日のローズンゲンの御言葉です。

「主はモーセに言われた。『主の手が短いというのか。わたしの言葉どおりになるかならないか、今、あなたに見せよう。』」民数記11:23

「また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。」マタイ18:19

5月21日に姪浜教会の総会が行なわれました。その中で「子ども食堂」のことが話し合われました。現段階では、そのような活動をするかさえ、決まっておらず、そもそも可能だろうか、どんな形だったらできるだろうかということから話し合っているところです。総会の中ではこの「子ども食堂」のことがどういう経緯の中で話し合われるようになったのかということについての説明をいたしました。昨年の秋ごろに執事会の中で、「これからの姪浜教会」の幻について話し合う時が与えられました。執事の皆さんが、それぞれの思いを語ってくださったのですが、その中で、具体的な話として挙がったのが「子ども食堂」と「ミャンマー支援」でした。ただ、実際にどうしていけばいいのか分かりません。そもそもそんなこと私たちにできるだろうか、働き手はどうすればいいのか、財源はどうなるのか、分からないことばかりでした。ですが、まず祈りながら、知ることから始めようということになりました。役場に行ったり、近隣教会ですでにそのような働きを始めておられるところから、どういう働きをなさっているのか、どういう形から始めればいいのかということを聞きました。その後、姪浜教会の皆さんの率直な意見などを聞かせていただくことになりました。これからもそのような形で一つ一つ丁寧に話を進めていきたいと考えています。色々話を進めながら、やっぱり今は難しいという判断になるかも知れません。今はその時でないなら、神様がその扉を閉ざされることだってあるのだと思います。ですが、御心なら、きっと私たちの思いを越えた形で、出来事を始めてくださるというふうにも思っています。

総会では何より、「ぜひこのことのために祈ってほしい」ということをお話ししました。今度、このことがどういう方向になるのか、どういう展開になるのかは分かりませんが、ぜひこのことのために一緒に祈ってほしいということを分かち合いました。

現在、行われているミャンマーの働きも、その祈りから始まっていることを思うのです。ミャンマーの軍事クーデターがあり、私たちはすれば「どうしたらいいんだろう」という思いにさせられました。そういう中で、とにかく、祈りから始めました。そんな中、少しずつの出会いが起こされ、現在のような形での働きに広がっていったのだと思うのです。ですから、まず祈ることから始めていきたいと思います。そのことの先に、神様がもっともよい時に、もっともよい形で出来事を成してくださると信じるのです。本日の箇所には、次のように記されています。

「また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。」

この御言葉は、私たち教会の原点なのだと思います。私たちは一つ一つのことをまず、心を合わせ、祈ることから始めていく時、主はそんな私たちの内に確かに働き、御業を成してくださるんだということに信頼しつつ、一歩一歩を歩んでいきたいと思うのです。    

        鈴木牧人

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