おはようございます。 本日のローズンゲンの御言葉です。

「御言葉が開かれると光が射し出で/無知な者にも理解を与えます。」詩編119:130

「あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。」エフェソ5:8

昨日、西戸崎教会に出かけてきました。壱岐教会の合同礼拝で使用するためのテレビを預かってきました。テレビを車に搬入している最中、たまたま西戸崎教会の執事の方が教会を訪ねてこられました。お話を聞くと、その方がテレビを献品してくださったとのことでした。「このテレビの行先が定まり、本当に感謝です」とおっしゃってくださいました。壱岐で用いられたらと願っています。

本日の箇所には、次のように記されています。

「あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。」

本日の御言葉を読みながら、「今は主に結ばれて、光となっています」という言葉が心に留まりました。私は今回、西戸崎教会に訪ねたのは初めてだったのですが、訪ねることができて、本当に良かったと思いました。西戸崎教会の玄関入り口には一冊の聖書が飾ってありました。この聖書は「田中力子(たなか かね)」さんのものだそうです。田中力子さんは、昨年、天に召されました。享年119歳でした。存命者の長寿日本一並びに世界一として、ニュースにもなりました。力子さんは、戦後、1950年に駐留米軍や牧師の影響でクリスチャンとなり、1959年に西戸崎教会のさざなみ幼稚園を設立しました。1997年に閉鎖するまで力子さんが運営されたそうです。教会玄関入り口には、聖書の他、田中力子さんが描かれた絵も飾られていました。星野富弘さんの詩画を模写したものだと思います。そこには、きれいな花の絵と共にこんな言葉が書かれていました。

「いのちが一番大切だと思っていたころ、生きるのが苦しかった。いのちより大切なものがあると知った日、生きているのが嬉しかった。」

聖書には、詩編119:71の部分に赤線が引いてあり、その上にメモとして「私の聖句」と書かれていました。

「苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを/学ぶことができました。」(詩編119:71 口語訳)

絵に書かれた言葉や、聖書のメモに色々なことを思いました。1903年(明治36年)から、一世紀以上の生涯を生きられ、私たちには想像もつかないような様々な思いを通られて来られたのだと思います。そんな中にあって、「苦しみにあったことは、わたしに良い事です」と語り、「いのちより大切なもの」を知ったと言われる力子さんの信仰に励まされます。まさに「主に結ばれて、光となる」とは、こういうことなのではないかと思いました。

鈴木牧人

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