本日のローズンゲンの御言葉です。

「彼らは、海に船を出し/大海を渡って商う者となった。彼らは深い淵で主の御業を/驚くべき御業を見た。主に感謝せよ。主は慈しみ深く/人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。」詩107:23,24,31

「わたしたちが助かったとき、この島がマルタと呼ばれていることが分かった。島の住民は大変親切にしてくれた。降る雨と寒さをしのぐためにたき火をたいて、わたしたち一同をもてなしてくれたのである。」使28:1-2

本日の箇所には、次のように記されています。

「わたしたちが助かったとき、この島がマルタと呼ばれていることが分かった。島の住民は大変親切にしてくれた。降る雨と寒さをしのぐためにたき火をたいて、わたしたち一同をもてなしてくれたのである。」

この御言葉は使徒言行録28章の一節です。使徒言行録27-28章には、パウロがカイサリアからローマに向けて移送されていった様子が記されています。パウロはエルサレムで捕らえられてしまいました。それから、カイサリアで裁判を受けることになります。しかし、パウロが皇帝に直接訴えることを願い出たために、ローマに行き、裁判を受けることとなったのです。

しかし、それは波乱含みの旅でした。パウロたち一行は、カイサリアを出発した後、クレタ島の「良い港」でしばらくの間、停泊していたのですが、クレタ島を出航した後、北東からの「エウラキロン」と呼ばれる暴風に襲われてしまいます。パウロたちの船は操行不能になってしまいました。波が逆巻き、風が吹き叫ぶ中、船は流されて、いつの間にか、本来のルートから外れてしまいました。周りを見渡しても辺りは厚い雲に覆われ、今、どこにいるのか、どこに向かっているのか分からないような状態になってしまいました。船はただただ流されるに任せるしかなく、船の人々はその様子に、完全に生きる望みを失ってしまいました。

しかし、その中で、パウロは人々に語りました。「元気を出しなさい。船は失うが、皆さんのうちだれ一人として命を失う者はないのです」(27:22)。人々はこのパウロの言葉に励まされ、この船の中での日々を忍耐して過ごしました。その結果、船は十数日立って、陸地にたどり着くことができたのです。本日の箇所は、人々が船から上陸した後の記述です。彼らは長い長い漂流生活の末、奇跡としか思えないようなかたちで助かったわけですが、その結果として記されているのが、本日の御言葉です。

私は本日の御言葉を読む時、素晴らしいなと思わされます。本日の御言葉には、彼らが漂流したところを調べたところ、そこがマルタ島であることが分かったと記されています。マルタ島というのは、ローマのすぐ近くにある島でした。彼らは漂流して、どこまで流されてしまっているか分からなかったのですが、結果、最短のルートで、ローマに来ることができていたのです。本当に、主の恵みだと思います。また、そのマルタ島では、島の住民たちが、人々に親切にしてくれたというのです。疲れ果て、精も根も尽き果てるような思いでこの島までたどり着いた彼らにとって、島の人々の親切は本当に骨身にしみたことでしょう。その一つ一つに神様の守りと取り扱いを思います。

私たちの信仰の歩みにも、そういうことがあるのではないかと思います。私たちにしてみれば、予想外なことが色々あるのですが、そんな出来事の中で主の不思議な取り扱いを受け、結果、思いもよらない形で道が拓かれていったり、振り返ってみて、すべてのことが守られていることに気づかされていくということがあるのだと思います。

この12月も色々なことがあります。しかし、そんな私たちが今も主が共におられ、私たちの歩みの一つ一つを神様が取り扱われていくことを覚えつつ、主を見上げて歩んでいきましょう。

 鈴木牧人

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