本日のローズンゲンの御言葉です。

「家畜のためには牧草を茂らせ/地から糧を引き出そうと働く人間のために/さまざまな草木を生えさせられる。」詩104:14

「そして、いつも、あらゆることについて、わたしたちの主イエス・キリストの名により、父である神に感謝しなさい。」エフェソ5:20

昨日は今年、最後の祈祷会でした。その祈祷会の中で、この一年を振り返りながら、色々なお話をしました。私が「これまでの歩みを振り返る」ということを考える時、いつも思い出すのが、「わたしは四十年の間、荒れ野であなたたちを導いたが、あなたたちのまとう着物は古びず、足に履いた靴もすり減らなかった。」(申命記29:4)との御言葉です。この御言葉は、モーセが荒れ野の40年間を振り返り、イスラエルの民に語りかけた箇所です。イスラエルの民は、40年もの間、荒れ野を歩き続けましたが、その歩みを振り返ってみた時、イスラエルの人々のまとう着物は古びることもなく、靴もすり減ることがなかったというのです。40年間、荒れ野を歩き続けて、そんなふうに服が古びることもなく、靴がすり減ることもないなんてことがあるでしょうか。現在の丈夫でできた服や靴でさえ、一年間、毎日来ていたり、履いていたら、ダメになってしまうのではないかと思います。そんなことを考える時、40年間、古びず、すり減らないなんてことは、私たちには考えられないような奇跡というほかないのだと思います。しかし一方で思うのです。荒れ野の毎日を過ごしてきたイスラエルの民は、この神様の驚くべき奇蹟に気づいていたのでしょうか。おそらくその神様の守りには中々気づかなかったのではないでしょうか。私たちの歩みにもそういうことがあるのだと思います。今年の6月に私たち家族を含め、教会員の多くがコロナに感染しました。日曜日前の出来事で、日曜日の礼拝をどうしたらいいのかということで頭を抱える思いでしたが、何とか乗り切ることができました。その時は本当にバタバタでしたが、その際、代役で奏楽奉仕を担ってくださったYさんがこんなことをおっしゃっていました。「本当だったら、この三年間、いつだってこういうことが起こるかも知れなかったんですよね。これまでが神様に守られてきたっていうことですよね。」その言葉にハッとさせられました。私たちはこのコロナの三年間、気づかないところでずっと神様に守られてきたんだということを実感しました。そんなふうに、私たちがその時には気づかないことでも、立ち止まり、振り返って思いを巡らせていく時、気づかされる恵みがあるのではないでしょうか。この一年でもそんなことがたくさんあったのではないかと思います。そして、そのような恵みに気づかされ、その恵みを心に刻んでいくことが、「神様がこれまで、こんなふうに自分たちを守ってくださったんだ。だから、これからもきっと大丈夫」というふうに、これからの私たちにとってのこれからの歩みに励ましになり、支えになるのです。

本日の御言葉には、次のように記されています。

「そして、いつも、あらゆることについて、わたしたちの主イエス・キリストの名により、父である神に感謝しなさい。」

この御言葉を読みながら、改めて、「これまでの歩みを振り返る」ということを考えさせられました。一年を振り返り、主への恵みに感謝を噛みしめつつ、その恵みに励まされながら、新たな思いで主に期待しつつ、これからの一歩を踏み出していきたいと思います。        

  鈴木牧人

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